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 対策その7:デジタルセンサーカメラ(トレイルカメラ)


 導入に若干足踏みをしてしまったのがセンサー付きのデジタルスチルカメラおよびデジタルムービーカメラである。この機材は狩猟の盛んな北米などでトレイルカメラと呼ばれ進化・普及してきたものだが、北海道のハンターにはほとんど普及しておらず、これを用いるのは、もっぱら野生動物の保護管理に関わるNPOあるいは研究者である。現在10メガピクセルほどのCCDセンサーを備え、日中はカラー、夜間は赤外線を照射し20mほどの距離を通る野生動物をモノクロで撮影することができる。トレイルカメラの語源は、要するに野生動物のルートに設置するところからだが、日本では「デジタルセンサーカメラ」と呼ばれることのほうが多い。
 2011年、デントコーンの刈り取りが始まる9月中旬のテスト導入になった。
 
 このセンサーカメラを設置するにしても、石灰まき同様、事前の調査が要る。アトランダムに気分で仕掛けても、ヒグマの場合はほとんど思うように撮れないだろう。逆に、ヒグマの使っているルートを把握し、そのルートをどれくらいその個体が固定化して常用しているかを突き止めておけば、まずいい撮影ができる。そのカメラのセンサーの精度、クセ、そしてレンズの画角、赤外線LEDの明るさなどを知っていくと、畳一畳ほどのピンポイントで、まるで写真家がカメラを構えたかの如く撮影できるようになる。

 2011年9月、何頭かのヒグマの固定ルートを特定し、そのルートが交差する絶好の場所を見定め、そのポイントの5m横にセンサーカメラを設置した。一晩に4〜5数頭のヒグマが撮影できると踏んだが、今回のテスト導入でそれが現実となった。カメラ設置の15分後からヒグマが現れ始め、深夜から早朝にかけてシカ・キツネ・イヌ・モモンガに混じって何頭ものヒグマが行き交った。(モモンガまでデントコーン農地に降りているとは、これまで気がつかなかった) だいたいイメージしていた通りのヒグマの移動や行動・頭数がカメラに収められたが、実際に画像となって見られるのは新鮮でいい。シルバーウィークに設置したデントコーン脇では一晩に24〜30枚の写真にヒグマが写っていたが、足跡からは分からない移動・出没時間に関して逐一SDカードに記録されるので、これも生かせる。
 また、特徴的な斑紋や傷を持つヒグマがあれば個体識別に役立てられるが、ヒグマの毛並みの特徴が出やすい脇の下から腹にかけての同方向からの模様を見ることで、個体同定ができる場合もある。下写真a・b2枚は同日18:46と22:51、時間を違えて同じルートで現れた同じようなヒグマだが、上述の観点から別個体と判る。
     
写真a                             写真b                       

 一方、下の写真cは写真aをトリミング・拡大したものだが、この翌々日に同じルートで現れた個体が写真dである。黄色い四角で囲った部分が、私がヒグマ識別に使う「脇下から腹」部分。若干角度は異なるが、ここの毛並み模様を見るに写真cとdは同一個体であるとほぼ断定できる。
     
写真c                           写真d                   

 写真cとdからは、さらに面白いことが分かる。出没時間は18:43(晴れ・54F)と18:07(晴れ/曇り・風強し・54F)。1時間と時刻を違えない「夕刻出没型」個体と言うことができ、同じルートでセンサーに引っかかっているが、どちらも三枚目のカット。つまり、指標となる草との位置関係・右手の状態から分かるように、ほとんど同じルート上を、同じ歩幅・同じスピードで両日とも歩いていることが分かる。特定のヒグマの常用する羆道(くまみち)で、その個体の踏む跡が一定の歩幅で窪んでいることがあるが、その窪みもこうしてできていくのだろう。
 出没時の気温が54Fとまったく同じだったのは、偶然かも知れないし、この個体にとって何か意味のある気温なのかも知れない。風・雲の状態と出没時間帯のデータをとっていけば、いろいろ有用な出没傾向も分かるかも知れない。

  ※数日後の動画撮影で、この個体が右手首に深刻な怪我(骨折?)を負っていることが判明した。

補足)動画の効用
 毎日の調査をしながら日記のようにこの執筆を進めているので、こうして次々に新しい情報が加わって考察を要するが、「活動報告」をナマで知ってもらうために、それはそれでよしとして進めている。臨場感もときには悪くない。包み隠さず前記述を残したように、静止画(上写真c・dなど)からはこのクマの右足の深刻な負傷について、私と観光課職員をはじめ、これを見せられた丸瀬布支所の職員の誰もが気づかなかった。動画によって初めて明らかになったのだが、8月からおこなっていた石灰まきでは、このようなヒグマは感知できなかったため、怪我の時期は9月12日〜9月22日の間が濃厚だ。
 怪我の理由に関しては断定できないが、肩あたりの小さな傷(これは噛み跡と思われる)が個体識別の材料になっていたことに加え、この個体の顔のアップ動画が数日後撮られ、そこにも怪我が見られ耳も微妙に裂けていることから、このクマは崖から飛び降りるとかで自傷したのではなく、ハンターによって手負いにされたのでもなく、また、箱罠の門扉などに挟まれたのでもなく、ヒグマ同士の争いで負傷した可能性が高い。9月に入って鳥獣行政サイドによって調査エリア脇に仕掛けられた箱罠が起因しているかどうか、起因しているとしてもどの程度影響しているかまでは定かでない。
 いずれにしても、こうした負傷個体が調査エリアに存在することが分かることで、調査・パトロール・追い払いの対応も少し変わってくる。特に足腰に深刻な負傷をしている個体は「逃げる」というヒグマの常套手段を失っている可能性がある。つまり、ヒトとの接近・遭遇時に行動が攻撃側へ傾く可能性があり、一般の遭遇時は、このクマが若グマであっても威嚇方向ではなく「切迫グマ」対応をとらなくてはいけない。図らずも先日、丸瀬布の北側で駆除ハンターが手負いにしたヒグマを一般人とともに確認しに行って、その一般人が手負いグマに反撃され怪我をした事故が起きたが、このヒグマの心理と大差ない。ちなみに、この事故の前日夕刻に駆除ハンターが銃弾を撃ち込んだ箇所は後ろ足だった。不利な状況に追い詰められ逃げられず切迫すれば、多くのヒグマはそういう行動パターンになってしまう。
 この撮影個体の状況から、日中あまり遠くへは退避せず近隣の薮に潜んでいる可能性が高いので、センサーカメラのチェックでさえ神経を遣う必要があり、特に追い払いでは細心の注意と判断が必要とされる。現段階(9月30日)でこのクマをどうこう言うことはできないが、こういうクマは特にマークし、行動に危険性が現れかけた段階で、仮に何の被害をだしていなくても捕殺判断もあり得ると思う。
 この個体の退避方向エリアに一般人の立ち入り制限を提案しつつ、できるだけ早い段階で現認し、このクマの近距離でのヒトへの反応を確かめる必要があると思う。動画を見る限りかわいげで攻撃性など発揮しないクマのように見えるが、これが信用できない。生態学的な観察ではヒグマのヒトに対する性質は読めないのだ。
 ただ、カメラの前をうろつく1分足らずの動画観察だが、毎日観察しているので、この個体の怪我が徐々によくなっていくのも見て取れる。降里ヒグマに関して、「おっ!今日はだいぶ足がつけるようなってきたなあ」という会話自体、かなり斬新だ。



電気柵を前にしたヒグマの行動は?
 今回センサーカメラを設置したのはシカ用電気柵の張ってある農地の脇だが、電気柵自体は8月後半からずっと0ボルトを維持していた。9月初旬に鳥獣行政担当を通して電気柵のメンテを勧めたが、一向にメンテがなされないのでセンサーカメラのテスト導入に使うこととした。10月に入ってデントコーンは枯れ始めているが、もう一つ確かめておきたいことが浮上した。いつのもルートで農地まできたヒグマが新しい電気柵にルートを阻まれたらどのような行動をとるか? 無視してそのまま進む。鼻で確かめワイヤーに触れて仰天する。Uターンする。ウロウロする。さりげなく回って侵入できるルートを探す。まあいろいろ予想はあるが、これも実際のヒグマで試してみなくてはわからない。

 そこで、デントコーンが刈り取られる前日(10月4日)になって乾電池で動く簡易型の電気柵セットを急遽用意し、デジタルセンサーカメラも三台態勢にして実験を行った。張られた電気柵はヒグマたちの集中した移動ルート左右に5mずつ。合計10m。20-40-60pの基本的な一重三段タイプでワイヤーには視認性の高いリボンテープを採用した。電圧は11500V。およその配置図は左図。
 農家の主人には、なりゆき上、テスト用電気柵設置当日の駆け込み提案になったが、「クマが出るようにカメラの前を刈り残しておこうか?」という主人の提案は丁重にお断りした。たった一晩、ワンチャンスのテストで十分いけると踏んだ。
 このクマシーズンに溜まった疲労がなく、また餌付けのハードルがなければ主人の提案もまた一興なのだろうが・・・ある日、カメラの前でしきりに何かを喋っているようなヒグマの顔のアップが写っていた。私はつい「黙れ!おまえはさっさと山に帰れ!」とどやしつけたくなった。まさに本心だったと思う。それにしても、被害を防止するためとはいえ、どうしてヒグマの行動を毎日あれこれ観察しているのがこんなに楽しいのか―――きっと、北海道のヒグマの暮らしがベールに包まれているからだろう。全部はがしてこの知能高き強獣をストリップにしてしまうつもりはないが、ヒトとヒグマの軋轢を覆うベールなら躊躇なく引きはがすつもりくらいはある。

 (動画)動画を見てみる→「ヒグマの会」HP(http://higuma1979.sakura.ne.jp/)「被害を防ぐ/各地の取り組み/丸瀬布報告」
   電気柵を前にしたヒグマの行動/ライトハンドと11i03(カメラA・B・C)wmv14mb(7'59”)
   ISDN等の方はこちら(wmv2.5mb)


 ネット・動画環境の弱い方のために、動画からのキャプチャー画像を示しておく。
  

  

解説と考察)
 2011年の10月4日夕刻、まだ西の空が明るい17:32に現れたヒグマは、出没時刻・行動のほか左耳の怪我などから推して上述の負傷グマ(呼称・ライトハンド)だが、テスト用に張った電気柵の2m以内には近づかず、恨めしそうに電気柵とコーン林を見たあと、そのまま姿を消した。その1時間後に現れたコードネーム11i03(推定4歳オス)は電気柵を警戒しつつも約3分間にわたり再三電気柵に接近して確認動作を示した。
 それぞれの個性のバラツキが顕著に出ている場面でもあったが、i03は三台のセンサーカメラのうち二台に接触している。この場合は好奇心によるじゃれつきよりも、苛立ちから目障りなものにあたったと考えるのが妥当だろう。毎晩腹を空かせてデントコーンを食べにきていたところに突然新しい電気柵が張られてデントコーン手前で足止めをくらっているのだから、その心理は自然だ。物欲しそうに電気柵越しにコーン林を見つ姿が妙に印象的。ところが、行く手を阻む電気柵自体にはワイヤーはもちろん、ポールにも電牧器にも一切触れようとしていない。かなり用心深く接近し、ときにへっぴり腰になって鼻で確かめようとしているが、結局電気柵には触れもせず忌避してここから立ち去った。
 2頭の行動から、撮影のために点灯する赤外線LEDライトは、ヒグマによって感知されている可能性があるが、その光に特別な警戒・忌避は示しておらず、この場所から2頭を退けたのは、やはり電気柵の存在であると考えられる。
 2頭のヒグマがその後どのような行動をとったかは、ここから続く閉鎖町道上の石灰が断片を語っていた。2頭は最低でも一週間律儀に続けた行動をガラリと変え、ライトハンドはひと月前(9月上旬)の移動ルートそのままで、この農地に降りる以前の活動エリア方面に移動していた。i03の移動方向が定かでないが、少なくとも常用ルートで侵入・退避した形跡はない。映像上も回り込んで侵入経路を探していないことから、この農地への侵入自体を断念した可能性が高いだろう。

短気なi03?
 このi03というオスの若グマは、武利川の大増水期に渡れずウロウロ歩き回って「いこいの森」から30mの距離まで接近していた期間があり、じつは先述9月6日の追い払い個体がこいつであると、前掌幅・外観・行動パタンなどから、私はほぼ断定している。別の動画では、ライトハンドがベアドッグのにおい・マーキングにさほど反応していないのに対し、このi03は執拗に嗅ぎまわって警戒しているが、それには個体差云々以外に9月6日の経験が影響していると考えられる。また、先述の私への威嚇突進からこのi03をマークした根拠の「攻撃性」「短気」の気質・性格は、今回もセンサーカメラへの攻撃という形で現れているように思う。
 とすれば、(ここからはかなりイマジネーションを含んだ推理だが)、ライトハンドとi03の移動ルート・摂食場所・体格・年齢・性別(オス)が似通っているため、ライトハンドの右手首・右肩・右頬・左耳に怪我を負わせた個体がi03である可能性が高く、当初同様の出没パターンで降りていた小柄個体(性別不明)が徐々に姿を消していったのも、i03の存在が大きく影響しているように感じられる。(我々の調査がヒグマ側に警戒心を抱かせているとすれば、逆に年長個体から順に姿を消す傾向が現れるはず)

電気柵への忌避
 さて、この映像は、2頭の過去の経験を映し出している。つまり、2頭とも過去のどこかでメンテが十分にされた電気柵に触れ、電気柵もしくはそれが生む電磁場と電撃を関連付けて学習している。恐らく、その現場は「いこいの森」の外周のどこかだろう。私としては、電気柵に触れて仰天狼狽するヒグマや、柵下をがむしゃらに掘り返すヒグマの姿も見てみたかったが、得られた映像からは、このエリアのヒグマたちが順調に電気柵を学習し忌避・敬遠するようになっていることが示されており、ひと安心である。

律儀なヒグマ
 読み以上にてきめんに現れたのが、ルートへの執着だ。もともと数頭が使っていたこのルートから9月の段階で徐々に小さめの個体が消え、10月に入ってこの二頭になったが、その間、二頭はこの侵入ルートを完全に固定化させていた。その前提があって今回のテストに及んだが、実際、このテストでは、従来のルートから数歩外れれば電気柵は存在しないのだから、簡単に回り込んでエサ場の農地へ侵入することができる。ところが二頭とも、通い慣れたルートを外れようとはせず、たった10mの電気柵に追い返された。i03が腹いせのイタズラをしたカメラBとデントコーン農地の間には電気柵は存在しない。イタズラがてらに2〜3歩デントコーンへ進めば入れたわけだ。にもかかわらず、i03はまた慣れたルート上に戻って電気柵を確認している。この場合、ルートへの常習性と執着ということになるが、この二つはヒグマの様々な行為に関して現れる。外から客観的に見ていると、ヒグマがよほど低能な動物に見えてくるかも知れないが、それはヒグマに生ずる常習性と執着が平常の思考力を失わせるほど強いため、と理解するほうが的確なように思う。
 このことは、ヒグマに好ましくない学習をさせ、その常習者として執着を抱かせることがどれほど危険なことかを示唆している。

 毎日ここに現れ、いろいろな行動を見せ学ばせてくれた2頭は、この夜以来ここへは現れなくなり、1ヶ月以上律儀に通った道にも感知されなくなった。木の実を広範囲に食べ歩く「秋の縦走」にでも出かけたのか・・・ここ数年のデータからすれば、この二頭が来年またこのエリアに降りて来る可能性は低い。成長を観察できないのは、ちょっと残念ではあるが、もし降りた場合にはi03が、新たに親離れして降りる若グマとともに、マーク個体となる。

※ヒグマの研究者によって同じ現象・データからも異なる考察をすることは多々ある。そのバラツキ、多様性がヒグマ同様知的動物のヒトとしては強みでもあるが、よって、ここに示した解説・考察が絶対唯一のものでは、もちろんない。動画データ取得後一日の、私なりの直感的考察でしかない。

 今年が導入年ということもありデジタルセンサーカメラの性能・機能に関してはまだ熟知していないが、今回設置した機種のスペックを基準に高感度耐性・赤外線照射範囲・画角(焦点距離)等から機種を選定しなおし、来年以降数台を設置する予定。特に動画では電気柵周辺でのヒグマの動き、あるいは「いこいの森」リスクマネジメントのの鬼門となっている河川の横断の仕方などが少しずつ分かってくることが期待できる。新たに判った事実があれば、そこから防除対策を最適化するのが目的だ。

補足)
 林内の羆道(くまみち)あるいは降農地ヒグマの多いデントコーン農地脇などへのセンサーカメラ設置には、上述からも分かるようにヒグマと接近している可能性があるため、やはり最低でも1頭ベアドッグをクマセンサー兼護衛として伴わせ、ベアスプレーのロックを跳ね上げ指にぶら下げゆっくり歩いた。ちなみに、上の石灰まきの写真を撮ったまさにその時刻、林の向こう50mの距離ではデジタルセンサーカメラがヒグマの体温を感知しその姿をSDカードに記録していた。
 このカメラのおかげで、いかにヒトとヒグマが近距離にさりげなく存在し合うかを身をもって立証したような形になったが、捉え方は二つある。一つは「ヒグマがそんなに近くに居て危険」という見方。そしてもう一つは、「これだけ近くに居ても事故が起きないのだからヒグマはよほど非攻撃的な動物」という見方。実際、閉鎖町道には釣り人・散策者・サイクリング・犬の散歩などそれなりにヒトは歩き回っていて、ときには遭遇・目撃などがあるが、少なくともこのエリアに出没するヒグマは逃げるばかりで、遭遇から危うい状況に陥りかけたことさえ今までない。そこに追い払い等の若グマへの忌避教育がどれほど利いているかは定かではない。ただ、見方としては両者とも全否定はできないものの、後者がより正確に的を射ているように思われる。少なくとも、最低限のベアカントリーのスキルを実践していさえすれば、「(正常な普通の)ヒグマが近距離に存在すること=危険」ではないと思う。手応えのあるヒグマ側への忌避教育を続けつつ、ここを訪れるすべてのヒトに、ヒグマの生息状況の事実開示と正しいベアカントリーのスキルの普及をすすめていく必要性は高い。


                   リンク→2013年・トレイルカメラの性能と選び方

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