since2004
 
 


箱罠のリスク



 現在、北海道におけるヒグマの捕獲の80〜90パーセントが有害駆除(許可捕獲)によるもので、その有害駆除のうちでも箱罠(はこわな)による捕獲駆除(殺処分)の占める割合が半数を越える。箱罠が北海道各地で増産され、その捕獲数が増え始めたのはだいたい2000年以降だろう。
  

 「箱罠」というのは、大きなネズミ取りと思ってもらってかまわない。中に誘因餌を入れ、ヒグマがそのエサをとろうと中に入ると踏み板などを踏んで門扉が落ち、中にヒグマが閉じ込められるという仕組みだ。相手がヒグマなので箱罠もそれなりの大きさが必要で頑丈に作る必要もあり、重さも大きさもあるにはあるが捕獲作業自体は特に難しいことはなく、農家の主人や住宅街に住む奧さんでもヒグマの捕獲は比較的簡単にできる。法さえ許せばトレイルカメラの動画同様、都会の小学生の夏休みの自由研究にもなるほどの容易さで、要するに、ネズミ取りを仕掛けることのできるすべてのヒトに箱罠は仕掛けることができる。
 クマ撃ち不在の地域がますます増え、確実に銃器によって問題グマを捕獲できないケースが増えたため、半ば必然的に箱罠に頼る結果となる。そういう経緯で箱罠が道内各地に急速に普及したため、当然の結果として、クマのことをほとんど知らないハンター・農家が軽率に箱罠を設置する事例も多発し、多用を越えて乱用に近い状態もあちこちで生じた。その結果、その周辺の安全性が脅かされたり、特に観光客や釣り人がそういう箱罠の直近で危険な状態に晒される事例が遠軽町では毎年のように起きている。釣り人が小一時間渓流を遡行して釣りを終え岸に上がったら目の前にクマ用の箱罠があったとか、犬を連れてハイキングがてらに河原でお弁当を食べているほんの20mの距離に箱罠が仕掛けられていたとか、昆虫採集の子供たちが何人か悪ふざけで箱罠に近づいていったとか遠軽町の宣伝通り星空を見に太平高原に上がって夜空の下を歩いていたら道脇3mのところに忽然と箱罠が仕掛けてあったとか・・・例を挙げれば切りがない。
 確かに、箱罠はその手軽さ・容易さに加え夜間出没型のヒグマを捕獲することも可能なのだが、一方で、2004年〜2017年の遠軽町・丸瀬布における各種調査研究で、この箱罠の弊害が幾つも明瞭に浮き出てきた。

1)冤罪グマ―――被害に無関係なクマを殺す可能性
 例えば、あるデントコーン農地でヒグマによる被害が生じ、その農地の脇にシカ死骸を誘因餌として仕込んだ箱罠を仕掛けたとしよう。
 箱罠による捕獲は、原則的に狙った個体をピンポイントで捕獲するわけではなく、シカ死骸というのは特に腐敗し始めて異臭を放つと最低でも5〜6q山奥のヒグマを引き寄せる。この数字はほぼ確認できている最低値で、実際、ヒグマの嗅覚を考えればもっと遠く・もっと山奥から箱罠内のシカ死骸をにおいだけで追って箱罠まで来ていると思われる。つまり、箱罠を仕掛ける根拠となった被害にまったく無関係は奥山・遠方のクマを強力な誘引力を持つシカ死骸でわざわざデントコーン農地脇まで引き寄せ捕獲するケースが続出する。これを「冤罪(えんざい)グマ」などと呼んでいる。遠軽町がまさにこのパタンだが、その場合、毎年相当数のヒグマが捕獲しながら効果的に被害が収まらないという現象になって現れ、ヒグマの捕獲数と農業被害額がともに高止まりしたまま延々これが続くような状況に陥る。
 冤罪グマを次々に殺すことは日本の環境省告示や北海道の指針にも反し、またCITESにおけるヒグマの保護動物としての記載や今世紀に掲げられた人類の共生の理念をないがしろにする行為だろう。箱罠という道具が、その性質上、ヒグマを誘引して引き寄せ比較的アトランダムに捕獲する道具である以上、「捕獲放獣」を北海道でも真剣に考える時期に来ているのではないか。

2)デントコーン食の文化的伝搬―――デントコーンを食べるクマを増やす効果
 それまで人里など降りたことのなかった個体が、シカ死骸のにおいを追って人里まで降りた場合、もちろん不注意な個体はすぐさま箱罠にかかり捕殺される。ところが、それと同じ数ほど、はじめて見る箱罠を警戒しワナに入らず箱罠周辺の人里や林内をしばらくうろつくクマも出てくる。2004年の丸瀬布における箱罠導入年のヒグマの捕獲率は、正確ではないがおよそ50%程度だったと思われる。ここからが問題なのだが、そのクマはかなりの確率でデントコーンを食べることをそこで学習してしまう。これは偶然そうなるのではなく、かなり必然的にその経路を辿る。ヒグマは嗅覚の動物だ。だからかなり遠方から誘因餌のにおいだけでその場所を突き止められる。と同時に、突き止めた箱罠周辺のクマが何を食べているかを、ほかのクマの糞から正確に割り出せるのだ。もともとのクマによって被害が生じていた農地周辺には、そのクマのデントコーンが封入された糞があちこちにされている。その糞を嗅ぐことによって、その周辺に新しく来たクマは「デントコーンはヒグマの食べ物である」とはじめて認識し、ついにはデントコーン農地に入ってコーンを食べてしまう。いったんそうなってしまうと、その後毎年そのクマはデントコーン農地をめざして山から降りてくるようにもなる。仮にそれが仔熊2頭を連れたメス熊だった場合、新しくデントコーンを食べるクマは一気に3頭増えることになる。

3)trap-shy(トラップシャイ)―――罠にかからない個体が地域に蔓延する効果
 では、もともと被害を生じさせていたクマは捕まらないのか?というと、箱罠を導入してしばらくはそのクマも狙い通り捕獲されることがある。が、箱罠を多用しているうちに年々狙ったクマが捕獲できなくなっていく。
 クマには「trap-shy(トラップシャイ)」、つまり、いろいろな理由でワナを警戒しかからなくなる性質がある。まず自分がその箱罠に捕まりそうになり命からがら逃げるケース。丸瀬布の事例では、そのオス熊は二度と罠にかからず生き延びた。つぎに、上述したように広範囲から複数のヒグマを誘引するため、不注意なある一頭が箱罠に捕獲されると、当然、周りのクマはそれを感知する。その結果、その複数頭にtrap-shyが発現する可能性がある。また、ヒグマは基本的に単独行動だが、親子連れ・親離れ後の同胎などは2〜3頭で行動を共にすることがある。その場合、やはり一頭が捕獲されれば、残った個体は箱罠を強く警戒するようになるだろう。
 このtrap-shyが箱罠の多用で蔓延していくのは道理からして当然の結果で、箱罠というのは、「罠にかかるクマを捕獲する方法」であり、逆に言えば「罠にかからないクマを選別して地域に残していく方法」なのだ。箱罠を多用する地域では、必然的に罠にかからないクマが蔓延し、箱罠を使っている限りこの変化は不可逆、つまり罠にかからないクマが減っていくことはまずない。
 遠軽町・丸瀬布では、箱罠導入年の箱罠一器あたりの捕獲率が数年箱罠を乱用した結果1/3に減り、さらに箱罠を増やして捕獲一本槍を続けた結果、箱罠による捕獲率は1/6以下に低下した。クマが減ったため?いやそうではない。農業被害は延々高いレベルで生じていて、調査でもヒグマの数が減ったという事実はない。trap-shyが地域全体に蔓延したのだ。
 ある箱罠の後方と周辺何カ所かにトレイルカメラを仕掛けたことがある。その箱罠にはいつまで経ってもクマが入らなかったためそれを設置した猟友会ハンターは「クマは来てない」と投げ捨てるように結論した。ところが、トレイルカメラに撮られた動画からは一週間ほどで3〜4頭のその箱罠に向かって歩いており、箱罠後方のカメラには、箱罠の中を覗き込むクマや箱罠正面を横切るクマが写っていた。
 じつは2010年前後までヒグマのtrap-shyは科学的に証明されておらず、一部の専門家さえ懐疑的に見ていた。しかし、丸瀬布における上述のトレイルカメラ映像と捕獲率の低下の事実によってヒグマのtrap-shyはほぼ科学的な事実として証明された。箱罠周辺のトレイルカメラの映像は熱心な町の猟友会支部が何カ所かで保有しており、その映像とも整合性がとれている。

4)箱罠周辺の危険性―――箱罠周辺の人身被害の危険性とクマ同士の争い
 シカ死骸のクマに対する特徴は、非常に誘引力が強いということに加え、「執着度が強く大なり小なり興奮状態になる」ということだ。執着度が強いため、trap-shyでワナに入らずともすぐさまそこから立ち去らない傾向が見られ、箱罠の直近10m以内ならその興奮は顕著な攻撃性になって現れるし、私の経験上、箱罠から200~300m以内では、通常のヒグマとは異なる過敏な反応をヒトに対して示す。また、誘引力の強いエサが箱罠内に転がっていて、複数のtrap-shyグマが同時にそこに誘引されるわけだから、当然クマ同士の争いも起きやすくなり、ときにはかなりの重傷グマも生じる。(
「電気柵のチェック(11i03.html)」で触れたライトハンドこと11i02 がまさにそれだ。)
 
「ようこそ、ベアカントリーへ」でもシカ死骸の危険性については「山の地雷」などと少し大袈裟に表現し触れたが、私自身、ヒグマに遭遇しても別にどうという事はないが、シカ死骸にバッタリ遭遇したときはかなり緊張してゾッとする。このあたりの事実を知っているクマ撃ちを有する上川町では、箱罠および周辺でのヒグマの興奮状態を避けるために、箱罠の誘因餌にはシカ死骸を使わずハチミツを用いている。ハチミツであれば近くのクマへの誘引力は強いが、誘引距離がシカより短いため遠方から冤罪グマを呼び寄せる可能性も低くなると考えられる。

 我が地域のことを率直に言えば、町が効果的に宣伝する観光エリアにシカ死骸が転がっていること自体、ちょっとした何かで観光客とヒグマの間に一触即発の状況を生んでしまう。それで、私は夜間であってもシカ死骸を感知した場合は、その死因が何であれ即座に回収するよう努めてきたが、一方でシカ死骸の回収をおこない、その横でシカ死骸を仕込んだ箱罠を置くちぐはぐさをずっと感じてきた。先述したようにtrap-shyが蔓延してくると、箱罠など置いてもクマを寄せて興奮させるだけで、捕獲不能なケースも多発する。せめて膨大ない観光客を呼び込んでいるアウトドア観光エリアなら、軽率に箱罠を置くリスクをもう少し考えるべきだ。

5)親子連れの問題
 丸瀬布において母グマが連れる当歳子の仔グマの数は平均で2頭前後だが、その親子連れが箱罠に引き寄せられた場合、どのクマが箱罠にかかるかわからない。仔熊の一頭が箱罠に捕獲された場合、母グマが捕まった仔熊を見捨ててそこからすぐ立ち去るかどうかが怪しいし、その母グマにヒトが遭遇した場合、母グマの特殊な心理状態を考えればかなり危険かも知れない。逆に、母グマだけが捕まった場合、その捕獲地点周辺に少なくともしばらくは2頭の仔熊は留まり歩き回り、とにかく食べるものを探すだろうが、そこで新たに人里内の人為物を食べてしまう可能性もある。そうなった仔熊は捕殺されるか、生き延びてtrap-shyグマとなるかだろう。

6)箱罠はヒトへの警戒心を植えつけない
 箱罠を多用し毎年何頭かクマを捕獲していると、行政としてもなんとなく仕事をしているような気になるのも人情としてはわかる。駆除ハンターなども「今年はワナで何頭獲った!」とご満悦に言うが、そうじゃないのだ。クマを何頭獲るかではなく、獲るべきクマをきっちり獲ったかが問題で、別の言い方をすればどれだけ被害解消に結びつけたかが問題だし、将来に向けてどれだけ安全な人里にできたかが問題である。「クマを何頭獲った」というのは「パチンコでいくら儲けた」とご満悦になるのと同様、話もつながらなきゃ、先にもつながらないのだ。農地の被害は本当に毎年減少しているかどうか? あるいは、捕殺したクマは本当に被害を与えていた問題個体かどうか? 「何頭獲った」という錯誤の仕事達成感がそこの意識を行政や駆除ハンターに忘れさせてしまっている観がある。結果、ただ毎年因習的に漫然と箱罠を仕掛け何頭かのクマを曖昧に獲っている状態に陥っているように思われる。
 箱罠を軽率に多用しヒグマを毎年何頭か捕殺する間に、水面下で農地の作物を食べるクマを効果的に増やし、ワナが効かないクマも地域に蔓延させている事実はお話ししたが、もうひとつ重要なことがある。ヒトに対する警戒心が希薄な学習途上の若グマと、それとは別に観光地が効果的につくり出す新世代ベアーズ的な無警戒タイプのクマの問題だ。trap-shyグマが比較的容易に出来上がることからわかるように、箱罠というのはヒトに対する警戒心をまったく植えつけない。trap-shyグマは、むしろ箱罠を舐めてかかり、ワナだけ注意しながらむしろ軽率にフラフラと人里やその周辺を歩き回ったりする。
 「何頭獲った」は行政・ハンターにはいったん忘れてもらい、もう一度農業被害の解消に合理的な方策はなんなのか?人里の安全を確保するための方策はどんな方向なのか?ということを根本的に整理してもらい、ヒグマ対策の原点に立ち返った方向を見定めて欲しい。ヒトとヒグマの双方の被害の防止、その一点に。
 
複合タイプ
 1)〜6)を個別に述べてきたが、これらの箱罠のディメリットがほかの事象と連動するとさらに明確に危機感を持つだろう。
 例えば、「被害を防いで暮らす」で述べた「掘り返し」の問題がある。箱罠を多用・乱用する地域では、ヒグマのことをよく知り問題グマをピンポイントで仕留められるクマ撃ちもすでに不在となってしまっているだろう。そして、まず間違いなくクマ用の正しい電気柵は普及していない。電気柵が張ってあってもシカ用ばかりで、その電気柵の下のクマの掘り返しが起きているはずだ。「掘り返し」も上述の文化的な伝搬を地域のクマ全体にし、徐々に掘り返しグマが増える傾向にあるだろう。さて、問題はここだ。電気柵に対して掘り返しが、箱罠に対してtrap-shyがともに蔓延したとすれば。じつは、この二つの学習を地域のクマがしていくと、ヒグマによる農業被害防止も捕獲も極めて困難な状況に陥る。通常の対策あれこれでは、ほとんどお手上げ状態かも知れない。

 また、農業などの経済的被害とは別に人身被害の危険性のほうでも箱罠の複合的なリスクがある。11i3の事例でも触れたが、ヒグマには性格的なバラツキも大きく、希に攻撃性の高い個体が生ずることがある。あるいは、現在までのように「ヒグマ=危険」とか「害獣=駆除・捕殺」とかの意識ばかりで全体的にヒグマに対する防除の意識が低い状態では、人里や観光地でポイ捨てのゴミなどを暴いて食べ人為食物に執着したり、さらにエスカレートを起こしてヒトにつきまとうようになる個体が生じて危険度が増す場合もあり得る。そういう特殊なケースでは、その問題個体の速やかで確実な捕獲が求められるが、クマ撃ち不在のエリアでは箱罠に頼るくらいしか道がない。ところが、それまでに箱罠を多用しtrap-shyグマがその地域に蔓延しているとすれば、その危険な問題グマがtrap-shyにかかっている率も高く、あっさり捕獲不能状態に陥る。11i03はまさにそのケースに近かったが、特に観光エリアなどを有する市町村では、できる限り箱罠の使用を控え、危険度が高い個体が出現した場合に備えて箱罠を温存しなくてはならない。

 ちょっとだけ意見を書かせてもらうが・・・
 農家から「農地にヒグマが入った。被害だ」と言われれば、過去のしきたり上、行政は押されて「箱罠でも設置しましょう」と落としどころを持っていきたくなるその気持はよくわかるのだが、まず、ヒグマの有害駆除を規定し許可権限を持つ北海道の指針の「防除前提の捕獲」という原理原則をきっちりその農家に説明しつつ、クマ用電気柵を用いた防除の助言や指導をおこなう責任がある。そしてまた、ここで述べた箱罠のリスクや、柵下の掘り返しの蔓延や危険度が特に高いクマが出現した際の箱罠の必要性を理解し、特に人身被害に関して上述したような中長期的なリスクマネジメントを考える責任が行政にはある。
 ただし、現場の地域行政の担当者が農家の矢面に立つようなことはしなくていい。「自分としては箱罠をかけたいのは山々なんですが、道庁のルールで今はそれができなくなっています。ゴメンチャイ」と話して、道庁のせいにしておけばいい。道庁の指針にせよヒグマ保護管理計画にせよ、遠軽町などのしきたりに比べれば合理的によくできたものだと思うし、勝手なローカルルールでお茶を濁してやるより絶対的に問題の悪化は防げるし、何か問題が起きたときにも過失の追求を回避できる。だから、道庁指針の通りに粛々と現場で振る舞ってみるので損はしない。
 「防除前提の捕獲」という考えは、要するに「自宅の雨漏りは自分で直してね」というのと同じで、自己責任を要求してきている文言だ。実際、自分の農地の管理や防除は今や自分でできるのだから、国の告示やや道庁指針のそれでいいと思う。しかし、攻撃性の高い危険なクマが出たときにどうするか?などは、個人のレベルでどうこうできる問題じゃない。必然的に行政の仕事、行政の責任になる。行政というのはそもそもそういう性質の住民の僕なのだから。
※道庁指針、国の告示「環境省告示2号」などについてはLINK:「羆塾のヒグマ対策/捕獲/「第12次北海道鳥獣保護事業計画書」と「ヒグマ保護管理計画」」を参照のこと。
 

ちょっと休憩:伊達のオジサン
 もうかなり以前の話になるが、クマ対策の勉強で道南に行ったついでに伊達周辺の農地を見て回っていたことがある。そこのコーン農地にヒグマの食痕を発見したのであれこれ物色していると、その農地の主人がやって来た。「おじさんおじさん、クマが食べてるけどいいんですか?」と、挨拶もせずそんなひと言から始まった。「わかってる、でもそのクマそんなに悪い奴じゃないからね」 私はこの農家の主人の言葉で少々困惑し言葉を失った。「コイツを殺したって、つぎに来るクマがどんな奴かわからないでしょ?」 私は出来る限りスムーズに頭を回したが、ある人の真ん丸な笑顔が浮かんだ。近隣の登別市に張り付いて活動してきた前田奈穂子さんだ。我が遠軽町は箱罠の増産態勢で捕獲一本槍まっしぐらの様相だったし、行政に対しても農家に対しても私は手も足も出ない状態で、その暴走を止められる気配さえなかったので、クルマに戻るやいなや思わず「すげぇ」とつぶやいた。
 私がいま住んでいる場所で農業をはじめるなら、もちろんクマにもシカにも効く電気柵をはじめから回してしまうが、それがどうしてもできない場合には、この伊達のオジサンと同様なのだ。意図的にさほど危険ではないオス熊を残し、被害を容認する。箱罠で捕獲するなどということは絶対にしない。20年か30年、そのオスのおかげでほかの若グマやメス熊が好き勝手に農地に降りて食べ放題なんていう事は起きないだろうし、多数のクマが同時にそこに降りることも防げる。オス成獣1頭の被害で何頭ものヒグマの被害を防げるわけだ。
 もちろんその方法を勧めるわけではない。電気柵がいいに決まってる。しかし、何の変哲もない農家の主人がこういう発想を持つまでに前田さんの影響が浸透しているかと思うと、「すげぇ」のひと言しか出なかった。
 きっと普及というのはこういうことなのだろう。そうおぼろげに感じたが、同時に、自分は普及員には向いていないなあとつくづく思った。何かを見出していく仕事、ヒグマの生態ではなく、ヒトとヒグマの共生のために必要となるだろう技術の研究。そこに焦点を絞ろうと、そう思うようになった。伊達のオジサン、ありがとう。
 
 


 

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