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ベアカントリーへようこそ!





Stage2:クマと出遭わないためのエッセンス

 北米では、クマ生息地のことを「ベアカントリー(クマの森・クマの土地)」と呼ぶことが多い。この印象的な言葉を使うことで、観光客やキャンパー、釣り人に効果的にクマの存在を印象づけている。
 我々がベアカントリーの踏み入る前、まず重要なことは「クマの存在をしっかり意識する」ということ。この意識が持てていれば自ずとクマに興味が湧き「もう少しきっちり知ってみよう」という気も起こるだろう。「風説」「思い込み」ではなく、また単にマニュアルを覚えるだけでなく、クマをできるだけありのままに知っておく。―――つまり、テディベアやくまのプーさんではなく、逆に北海道に蔓延してきた恐ろしい山のモンスターでもなく、同じ北海道という島に暮らす一野生動物として事実本意に理解するところから合理的なリスクマネジメントを考えたい。

 人里周りでクマ問題が高じきっている現代の日本において、山にクマが暮らしていることを否定する人はまずいない。しかし、「まさか自分が遇うことはないだろう」とたかを括っている人が相変わらず多いのも事実。
 私のヒグマ対策エリアで偶然出合った釣りや山菜採りの人と話をすると、「恐い・恐ろしい」とヒグマのことを妙に怖がっているそぶりにはよく出くわすが、「ベアスプレーはすぐ吹けるように持ってくださいね」と助言するとあからさまに「???」の顔を作る。ベアスプレーを知らないのだ。こんなけったいなスプレーを知らないからといって馬鹿にする気持ちは毛頭ないが、ひどく怖がることと対策のなさに大きなギャップの自己矛盾を感じる。実際、渓流釣りや山菜採りなどでヒグマに遭遇し怪我をするケースなどを調べると、風説や思い込み・先入観で無闇に危険視し怖がっているだけで、危険を回避するための理解や具体的な努力がほとんどなされていないことに気付く。

 クマへの意識・理解を欠いたまま、平気で危険な行動をとる人がいる一方、山で常にビクビクと過剰に怯えるクマ知らずの人がいる。私に言わせれば、これらの人は山に対してクマに対して、自然に対してまだ謙虚さが足りないのだ。40年前の自分もそうだったので、あまり責める気にもなれないが。つまり、ヒグマを怖れて止まないわりに、いざとなれば巧く誤魔化して運良くやり過ごせないかと考えたりする。それで、「恐い恐い」と思うわりには、真剣にヒグマについて知ってみようと向き合えない。祈りや運だけで山のリスクを切り抜けようというのは、あまりいい考えではない。あくまでクマの場所に「お邪魔させてもらう」という謙虚な意識を持って、自然にクマへの理解を深めることで、自然にベアカントリーで過不足なく怖れ、敏感に居られるようになると思うし、その山や森や河を自由な気持ちで歩き、全身でいろいろを感じ、享受することができるようになるとも思う。

  
 ヒトの戦略を考える前に、まずクマ側の戦略に焦点をあててみたい。

 「ヒグマのベーシック」~本項までに何かあるごとに触れたヒグマの警戒心・孤立性・臆病という性質がヒグマの常套戦略には如実に現れるが、若グマ・餌付けグマなどを除くごくごく正常なヒグマは基本的に積極的にはヒトには関わろうとはしない。具体的には以下の表の通りだが、ヒトと遭遇したヒグマの多くは、何らかのミスでヒトの接近を許してしまい咄嗟に戦略を持ち出しているにすぎない。

 我々の戦略の目的は、下表のLevel1~Level2の戦略をヒグマ側に持ち出させてやること。逆にいえば、Level3にまでヒグマを追い詰めないことである。
 じつは、通常こちらから感知できないだけで、ヒトが林道や登山道を歩いたり山菜採りや釣りをしているとき、近くに潜み隠れるヒグマが意外なほど多くいる。かなり前から薄々感づいてはいたのだが、ベアドッグを連れ歩くようになってその数が想像よりはるかに多いことが判明した。「凶暴」「獰猛」どころか、ヒグマの側がヒトを巧くやり過ごしてトラブルや衝突を避けてくれているわけだ。ヒトの近距離にヒグマが存在するからといって、それが必ずしも危険な状態とは言えないし、「出遇わないためのエッセンス」と言っても、あくまで「悪いシチュエーションで」ということであって、それはとりもなおさず「ヒグマの心理状態・気分的に」ということにもなる。つまり、同じクマでも近い距離で突然遇えばクマも驚いて切迫するかも知れないし、同じ距離で遇っても、その場所や植生やクマの性格などによって危険度は異なる。

 下に示す通り、クマの起こす行動としては比較的安全なLevel1から危険性の高いLevel3に行くにしたがって頻度・確率が小さくなる。これはヒグマという野生動物がいかにヒトとの悶着・衝突を避けようとしているかを示す事実だが、このクマの性質をできるだけ発揮させてやる方向性となる。

【ヒトが接近した場合のヒグマ側の戦略】
ヒトの存在を感知すると―――
   Level 1:
     1.前もって遠ざかる・・・・・・大半ヒトは認知できないことが多い
     2.そそくさと遠ざかる・・・たびたび
:ササの音だけで認知できる場合がある
     3.ササ藪に潜む・・・・・意外に多い
いったんこの戦略に持ち込むと相当動かない
距離が縮まり切迫すると―――
   Level 2:
     4.近距離からの大逃亡・・・・・・
たまに
:潜みきれず、あたりを蹴散らかしての逃亡
     5.威嚇攻撃(bluff charge)・・・稀(=はったり攻撃)乱暴で激しいクマの会話
    
Level 3:
     6.本攻撃(real attack)・・・ごくごく稀
(=Panic Charge)自己防衛の最終手段  
  ※若グマの「接近・じゃれつき」は単なる好奇心・興味・遊び心の現れであって戦略でも何でもない。

Level1:
1。前もって遠ざかる
 これは30年前からかなり多いと感じていたクマの行動パタンだが、近年、幾つかの実験でその「感じ」が正しいことが確認できた。
 丸瀬布の私の調査エリア内に幅200mほどの林地があって、その東西にそれぞれ平行する道が走っている場所がある。その林内にヒグマが存在する想定で西側の道をパトロールする。反対の東側の道周辺にはトレイルカメラ網が張られていて、私が西側をパトロールした時刻周辺に何が起きているかを動画で記録できるようになっている。私が西側をパトロールしている同時刻に、東側からいろいろなクマが出てきて林地を挟んで200m離れた私をしきりに警戒している様子が写し出されるが、私が風上にいればアピールなしでもクマはにおいを感じて遠ざかる。この映像から、視界が利かない林を200m離れると、距離をとったクマたちは、それが仮に当歳子連れの親子グマであっても、比較的落ち着いて行動していることもわかった。

2。そそくさと遠ざかる
 比較的まばらな腰高ほどのササ薮などで多いヒグマの行動パタンで、まだ十分経験を積んでいない若い個体の行動だろう。その若グマが平気でいられる距離以内にヒトがスッと入ってしまった場合などに起こることが多い。そもそも、そうやって逃げなくてはならない場所に身を置いていること自体が経験不足の証拠だ。こちらが歩きでもクルマでも起きるが、クマの身体全体が視認できることは珍しく、まばらなササが揺れて移動がわかったり、辛うじて背中のあたりが見えたり、その程度のものだ。

3。ササ薮に潜む
 これについても従来より「随分多そうだ」程度に思っていたのだが、ベアドッグを連れ歩くようになって、ヒトが歩いている20m以内にこっそり潜んでいるクマが非常に多いことが判った。それは人里周りだけでなく、ヒトが年に2~3回しか訪れない奥山でも同様の結果となっている。早いタイミングでさっさと遠ざかって距離をとったクマはさておき、近年、私が認識できるクマで最も多いのは、じつは「ササに潜む」タイプだろう。
 大小様々なクマがヒトと悶着を避けるためにこの戦略を用いてくるが、経験則で自信を持つ大型オス成獣はいったん潜みに入ると滅多なことでは動かず、逆に若い個体は試行錯誤の段階だったり、まだ十分戦略を固定化させていないため中途半端に動く。例えば、10mの距離にいったん隠れつつ、ヒトが近づいたことでついついまた遠ざかって40mで同じように隠れたり。どのみちこちらからは見えないので、それではあまり意味のある行動とは思えないが、経験を積んで学習している若グマなら仕方ない行動なのだろう。

Level2
4。近距離からの大逃亡
 このタイプは大型のオス成獣に多い。上述のようにヒトの行動パタンを完全に読み切って繰り出してきている「潜む戦略」が、何らかの理由で破綻し慌てて逃げる行動だ。その理由というのは、「トリッキーな動き」という表現でだいたい言い表せると思う。ブラブラと歩いてきた人がクマのエサ場で急に立ち止まり、ついでに道脇のヤマブドウに手を伸ばすとか、クルマで近づいてきたとしてもクマの新しい痕跡を見つけて急ブレーキで停まるとか、そんなことだ。「人間なんて気づかず通り過ぎて行ってしまう」と学習し尽くしてとった戦略が、まるで見破られたようにそのオス熊は勘違いし、仰天する。その結果が薮を蹴散らかしての大逃亡だ。ただ、これと同じの経緯でヒトが攻撃を受けたかも知れない事例が北海道にもあり、Level2に含めた。

5。威嚇突進(bluff charge)
 ヒグマの突進といっても、よく見ていくと幾つかに類別できる。バッタリ遭遇などでにわかに切迫し咄嗟に突進を開始するパタン(ビックリ型)。こちらからしつこくストレスを加える形でだんだんクマの側がイライラして突進するパタン(イライラ型)。何事も経験不足であれこれ試して学んでいる最中の若い個体がイライラも切迫もなしに、単なるトライとして試してくるパタン(お試し型)。などなど。いずれの場合も攻撃というよりはヒグマなりのボディーランゲージで「不平・忠告」などの会話のひとつだと覚えておくといいと思う。bluff chargeに関しては「STAGE3:もしヒグマに遇ってしまったら」で記述しようと思う。

6。本攻撃(real attack)
 私自身ヒグマとの多少の接触経験はあるが、本攻撃を受けた事はないと思う。なので、本攻撃の詳細をここに書くことができない。ただ、私の思うに、「私が本攻撃を受けたことがない」という事実のほうが重要ではないかと思われる。つまり、ヒグマが遠ざかったり、コソコソ逃げたり、隠れ潜んでやり過ごしたり、威嚇の突進で忠告したりする戦略を飛び越えて本攻撃に至ることは考えにくいし、私自身の経験からいうと、よほどいろんな悪い条件が重なりそれなりに緊迫したような状況に置かれても、こちらが対応を間違わなければ本攻撃は相当起こりにくいのではないか、くらいに近年は思っている。ただ、現実的にヒグマの本攻撃によって負傷・死亡しているヒトが世界には存在するので、もちろん「ヒグマはヒトに対して本攻撃をおこなわない」とは言えない。
 本攻撃に関しても「STAGE3:もしヒグマに遇ってしまったら」で触れようと思う。
 

 ヒトが釣りや山菜採り、登山などでベアカントリーに入ってゆく場合、そのエッセンスを絞れば次の三つになる。

1.ヒトの存在・接近をアピールする


 これは臆病で非攻撃的な野生動物であるクマにできる限り選択肢を与え、クマの側にどうするかを委ねてやるという意味だ。ヒグマがこちらの接近を事前に知っていれば上図のようにあの手この手でヒグマからヒトとの衝突を避けてくれる。したがって、「クマに知らせる」の意味はあくまでアピールであって威嚇ではない。
 昔からいろいろ言われてきたヒグマの樹木に対する「背こすり」は、周囲のクマに対して「ボクがここに居るからね」「私がここに来たよ」と知らせるアピールだと考えられる。クマ同士、日常的にアピールをおこなって衝突を回避するが習慣となっているので、ヒトがアピールという手法を使うのも、彼らに歩み寄った合理的な方法とも言える。

 よくハンターなどは「クマの縄張り」と言う。ヒグマは自分の確保した食べ物を横取りされるのはものすごく嫌い時には攻撃的な態度もとるが、ふだんの暮らしで「縄張り」にあたるものをほとんど意識して行動していない。つまり、いわゆる縄張りは存在しない。特に若い個体やメスは、それが子を連れた母グマであっても空間を共有するし、臥所(ふしど・休憩場所)・遊び場も争うこともなく共有していたりする。山のモンスターだと思わされている北海道では、こういうところからヒグマへの誤解はあるんじゃないだろうか?

 下の二枚の写真は、あるクマの追跡をしていたら臥所(休憩場所)を見つけ、トレイルカメラをセットしておいて得られた写真(トリミングあり)だが、8月後半の二日間で撮られている。どちらも、まあのんびりくつろいでいるもんだが、この他に大型オス成獣を含む数頭が短い期間にこの場所を行き交っている。このようなポイントが私の調査エリア内に何カ所か確認されているが、複数のクマがどうしてわざわざ同じ場所で寝転んだり仔熊をあやして遊んだりするのか、そこについてはまだ若干の謎が残っている。とにもかくにも、自らの存在のアピールをして空間を共有することにかけては、ヒグマは長けている動物なのだ。
 


アピールの方法
 「嗅覚の動物」であるクマだが、通常は安定して届く音によってヒトの存在を周辺のクマに知らせてやる。できる限りクマの痕跡・植生などから行く手の状況を判断し、「怪しいな」と思う場所の少し手前で「ほーい!ほい!!」「通りますよお!」などと大声で呼びかけたり、「パン!パン!」と手を叩いてアピールする方法をお勧めする。当然ながら、このアピールの大前提として例の「観察→分析→判断(→対策)」をきちんとできているということがある。このアピールの習慣によって、クマの存在を意識し、周辺のいろいろに気を配り、「クマを読む」癖が身につく。昨今普及しているクマよけの鈴も決して悪くはないが、鈴が自動的にチリンチリンと鳴ることで、じつは「観察」「読み」「判断」というベアカントリーのスキルをおろそかにしてしまいがちなのだ。
 どこかの巡礼のようにチリンチリンと音をたてながら狭い登山道を登山者が登ってくる。降りる私は歩みを止めて脇に寄る。ザックを背負ったバンダナの巡礼者は何かに取り憑かれたように足元から目を放さずどんどん私に近づき、手が届きそうな位置まで来てハッと気がつき顔を上にあげる。「コラ。私がクマだったらあんたどうするね?」笑い話のようだが、実際に登山道ではこういうタイプの登山者をよく見る。
 さて。実際の山や森では音の通りづらい局所的な場所も存在する。渓流の増水だったり、滝があったり、強風・スコールによって鈴の音程度では不十分な場合もあるだろう。現場で現れた状況に逐一応じてアピールの度合いもシフトしてやるのが正解なのだ。
 なお、爆竹などの破裂ものは、近くに潜んだクマを驚かせ飛び出させる可能性もあるため、特に移動しながらの使用は避ける。仮に使うとすれば、見通しがよく至近距離に潜んだクマがいないと断定的に判る場合と、クルマなどの退避場所がある場合だろう。また、轟音玉・爆竹・ロケット花火は必然的に山や川にゴミを残すことになるのでよほどTPOをわきまえて使用すべきだろうが、釣りや山菜採りなどのレジャーでは、ほかの方法でクマを遠ざけながら活動したほうがいいと思う。

 じつは、このアピールというのは単にクマを遠ざかったりじっと隠れてもらったりするだけでなく、もしクマが眼前に現れた場合、そのクマがどういうタイプのクマかをある程度判断する材料となる。少なくとも、アピールを十分行っていたにも関わらず近くに現れたクマは、偶発的なバッタリ遭遇ではなくクマ側の何らかの意図でヒトの存在を知って近づいてきたクマと判断できるだろう。その多くは後述する「若グマ型」だろうが、ごく希にポイ捨てのゴミなど人為物を食べてヒトにつきまとったりするようになった危険な性悪グマの可能性もある。何はともあれ、目の前に現れたクマの素性や遭遇の経緯を絞れるのは、次の瞬発的な判断のためにはとてもありがたいのだ。


自宅小屋を建てた端材でこの看板を作り、5年かけて遠軽の行政を説得し倒した。出没ではなく「ヒグマ生息地」という概念とその生息地内での「ヒトの存在のアピール」の重要性をどこまで理解してくれたかは別として、いまは同じデザインで金属製の丈夫な看板があちこちに立つ。


 ヒグマの逃げる方向をコントロール
 ときどきあるケースで一歩進んだアピールを必要とする場合がある。例えば、登山道を歩いていて山の斜面にヒグマを発見した場合。距離は100m以上あったとしよう。このケースでは、ヒトの存在を大袈裟にアピールしてクマに確実に知らせてやるのが常道だが、クマがヒトに気付いて逃げる方向をコントロールしたいときもあるだろう。自分らがこれから進む方向にクマを逃がしたくない場合などだ。その場合、(知らない人が見たら滑稽だが)声を出しながら手を高々と振りつつ大股で歩く。最後の「大股で歩く」というところがミソで、ヒグマに対してできるだけ判りやすく進む方向を示してやることで、逃げるヒグマの第一歩目をそれとは反対の方向に仕向けてやれる。
 人里周りでも山の稜線筋でも河川敷でも、比較的開けた場所でヒグマが視認できた場合、バッファスペースとかヒトの出没が頻繁とか、そのクマにとってあまり逃げたくない方向というのがあって、それが見定められれば、逃げる可能性のある方向は数方向に絞れるだろう。よほど威嚇的・威圧敵方法で正反対から追い払わなければ、だいたい予想した方向に逃げる。
 ただし、他の山行者・散策者がありがちなエリアでは、特に威嚇にならないようにおおらかに(楽しげに)声を出し、悠々とゆっくり歩いてクマに見せてやる心がける。

 ヒグマの行動コントロールというのは、物理的・武闘的なことではなくむしろ頭脳戦・心理戦のやりとりだということ、そしてその心理戦では、できるだけ速やかに判断して先手を取って働きかけることだと理解していただけたら幸いである。



2.食物の管理をしっかりおこなう

 「食いしん坊なクマ」からすれば自明だが、例えば、私がオレンジジュースを飲み干したペットボトルをポイと投げ捨てるとする。嗅覚の敏感なクマは、そのオレンジジュースのにおいを遠くから嗅ぎ当ててしまうこともある。そして、ペットボトルを噛みちぎって中の数滴をなめる。ところが、このボトルには私の手のにおいもついている。そこで、クマは美味しいオレンジジュースとヒトのにおいを関連付けて覚えてしまう。そのクマは、逆にヒトを感知すると「美味しいジュース」を思い出す。そして、ヒトに接近するようになったりするわけだ。
 数滴のジュースもエビフライのシッポも弁当箱に残った肉汁もバーベキューの残りの焦げた肉も、およそ我々がスーパーやコンビニで買って食べたり飲んだりしているものは、山の野生動物にとっては特別な味・香りとして印象づけられ、場合によっては麻薬的に働いてしまう。

 
        ある日・・・            その後、人を感知するたびに・・・

 北海道にもまれに存在するが、登山道入り口や釣り場の駐車スペースにたびたび現れる個体、あるいは特定の渓流で釣り人のあとをついてくる個体、これらは何らかの形で人為物を食べたり飲んだりした経験があるクマと疑われるので特に要注意。渓流の遡行であれば、一日に時間をあけて二度同じクマを見かけたら、速撤退が賢明な判断だ。
 また、源流で野営する場合などは、食料の管理を徹底する。ベアプルーフコンテナというクマが開けられない容器にすべての食料類を入れて持ち運ぶか、沢周りで私が勧める方法としては、川の流れの中に工夫して沈めてしまう方法。食器・残飯も同様に扱う。
 ポイ捨てのゴミが多く食物の管理が甘いエリアでは、「クマさん、頑張って悪いエスカレートを起こしてね!」と奨励援助しているようなものだろう。私なら、そういうエリアは歩きたくいないし、歩くとしても相当神経質に行動せざるをえない。
 この意味で、もし訪れた渓流・山にゴミが落ちていたら、率先して拾う癖をつけるのがいい。そうやって気がついた人がゴミを拾うことで、結果、自分ばかりでなく、お互いを守ることにつながる。

ちょっと休憩:ベアカントリーでの食物類の管理
 北米では、ベアプルーフコンテナの他に左図のようなハングアップ方式が普及している。機関・団体によっていろいろ推奨方法はあるが、原則的に、二本の樹にロープを渡し、その中央に食糧袋をぶら下げる方式だ。地面に立って、あるいは樹に登って食糧を奪おうとしたクマの手が届かない位置に食糧を上げてしまう。もちろん、この保管食糧は野営場所の風下に設置するのが好ましく、ロープがけは簡単にほどけないように工夫する必要がある。
 ロープを持つときはカラビナを携帯しておき、それをホイスト(滑車)代わりに使うことで、より機能的なハングアップ方式はつくれる。

 通常のキャンプでは使う機会がないだろうが、どうしても登って欲しくない樹には高さ2-3mほどにトタン板・ステンレス板・超高密度高強度PE板などを巻き付けクギで固定し、とにかく爪がかからないように工夫する。ベアプルーフコンテナも同様の原理だが、爪や牙がかからなければ、ヒグマの強大なパワーは空転するばかりで登ることも噛みちぎることもできない。
 上記の方法は、原則的にニオイを追ってヒグマがその場所まで来ることを容認した方法だが、私がアラスカでよくやったのは、シカやサーモンの肉をさばいて密閉ビニールに小分けにし、石や丸太を利用して水中に沈めてしまう方法だ。長期滞在で退避場所がない場合には、この方法がヒグマを確実に欺ける最もいい方法だろう。

 ヒグマの防除・トラブル回避には大きく分けて二つの方向がある。一つは、上述のようにヒグマのが得意技を単刀直入に封じる方法。もう一つは、ヒグマが得意とする戦略をむしろうまく利用して心理的なコントロールをする方法で、高知能・高感覚・高学習能力のヒグマに対しては非常に効果的、というかそれがヒト側の主戦略になる。


 
3.誘引・刺激しない


 食物の管理に準ずるが、歯磨きのペースト、石鹸、シャンプー、オーデコロンから飴・ガムまで、ヒトの世の中にある香料はおよそクマを誘引、あるいは至近距離であれば刺激する可能性がある。
 クマの「においの学習」をデフォルメしていえば、(特に若いクマは)はじめて感知するにおいにはおよそ接近を試み、そのクマの警戒心と欲求のバランスの中で、それの「危険度」と「美味しさ・面白さ」を確認する。「美味しくて危険はない」と学習すれば、次回からそのクマの中でそのにおいは「誘引要素」として働き、「危険だ」と学習すれば「忌避心理」を抱くようになる。そして、「美味しくも面白くもない、危険もない」と学習すれば、クマは反応しなくなる。
 この学習の原理と、知床・大雪山系に現れている新世代ベアーズができあがる原理はじつは同一で、先述のようにもともとヒトに対しても警戒心と共に好奇心も持っていた若グマが、毎日数知れず無害な観光客を感知しているうちに反応しなくなってできあがる。一種のアパテイアグマだ。ただ、ある観光客が食べ物を与えたりするとそのアパテイアも破れ、転がり落ちるように「美味しい食べ物」に執着し人を意識するようになる。例の「こそ泥→ゆすり・たかり→強盗」のエスカレートに入ってしまう。
 私はよほどのことがなければヒグマに対して捕獲判断を下さない。特にそれが若いクマなら教育手法でなんとか意識改善を促して生かそうとする。が、このエスカレートグマに関しては、いつ何をやるかわからないという不安が拭えず、残念ながら捕獲判断を免れる術を私は持たない。それほど危険なことなのだ。
 
 通常、人里周りにつくるべきが第二のクマ。クマ観察やクマ観光の現場につくるべきが第三のクマ。山につくるべきは、私自身の感覚では、第二寄りの第三グマ、つまり、過度にヒトを恐れはしないが自ずとゆるゆると遠ざかる程度のクマだ。「忌避」というのは「嫌がって避ける」という意味で「恐怖」とは少し異なる。恐怖心を刷り込む場合は、クマの側に「自分は何をどうやってもヒトには敵わない」「絶対にやり合いたくない相手だ」「逃げる一手だ」まできっちり刷り込むと同時に、「逃げれば大丈夫」を教えないとややこしい問題が起きてくる可能性がある。中途半端な恐怖心により「逃げる」のほかに半ばパニックで「攻撃する」という選択肢を持たせてしまい、結果、バッタリ遭遇時の反応パタンが幅広く、かつピーキーになって対応が難しくなる。
 今話しているのはクマに関してだが、ヒトの側も似たり寄ったりだ。相当特殊な異常グマがしでかした事件なり事故から過剰にヒグマを怖れるのでもなく、くまのプーさんと勘違いして近づいたり、可愛いからと食べ物を投げ与えたりすることなく、一定の距離をきっちり保って普通にしていればいいだけなのだが・・・

 ただ、ここで一つ問題がある。例の「若グマ」だ。このクマだけは、食物抜きに単純な好奇心で興味津々にヒトに近づいたりする。それは知床などのヒトの多い観光地周辺ではなく、むしろヒトの希な山塊などに現れやすいようだが、この場合は、若グマの「好奇心を刺激しない」という意味になる。「釣りの動作」「写真を撮る」などがこれにあたる。
 
 さて、以上のようなエッセンスのもとで、悪いシチュエーションでヒグマに遇わないための戦略を絞り込んでみよう。多少重複はあるものの次の8か条になる

 
―――遇わないための8か条―――

1.ゴミ捨て厳禁!―――危険なヒグマを作らない!
 人為食物は山の野生動物にとってはどれも特別な味。食物・ゴミの管理は厳格に!
 「生ゴミ」をはじめ、「ガムや飴」「空き缶」「ペットボトルの容器」などもヒグマを誘引し、あとから訪れる人を危険にさらしかねない。山菜採り・釣りなどでも食糧の携帯はできるだけ避け、飲料はヒグマを寄せつけにくい「水・お茶」がおすすめ。
 人間が捨てた生ゴミや空のペットボトルを一度舐めたり食べたりしてしまったヒグマは、ヒトと「おいしい味」を関連付けて学習してしまう。そうなったヒグマはヒトを感知するたびに「おいしい食べ物・飲み物」を思い浮かべ、ヒトに接近するようになる可能性があり、警戒心が薄れ行動のエスカレートを起こすと非常に危険。


2.ヒトの存在をアピール!―――ヒグマの側に選択をゆだねる
 ベアカントリーを歩くときは、「クマよけの鈴」「声と拍手」など、音で随時ヒトの存在・動向をヒグマに知らせながら行動する。
 ヒグマは「嗅覚」「聴覚」が非常に発達しているが、「におい」によって人間の存在をヒグマに知らせる方法は風向きによって不安定なので、「音」でヒグマを遠ざけるようにする。ただし、爆竹などは、近くに潜んだヒグマを驚かせる可能性があり、極力釣りや山菜採り・登山などのレジャーでは控える。

3.できるだけ複数で行動する―――信頼できるパーティーは強い
 複数で行動すれば自然に騒がしくなりやすくヒグマとのバッタリ遭遇は少なくできる。また、仮に出遭ったとしても、単独行動と比べ、心理的にも物理的にもはるかに有利だ。実際に、4人以上の集団に本攻撃を仕掛けるヒグマは非常に希。ベアカントリーを歩く理想的人数は6~7人程度。
 上の「6~7人」という理想の人数は、まず、曲がりくねった道などで「ヒグマを多人数で取り囲まない」ための人数であり、また、もし何かあった場合に「速やかにコンパクトにまとまれる」人数でもある。よって、仮に7人で歩くとしても、全体が離れ離れにならないように歩くことが肝心だ。逆にツアー登山や遠足など数十人で山を歩くときは、7名程度にグループ分けして、それぞれにリーダーをおく。先頭グループと最後グループのリーダーにはできるだけヒグマの精通者をおくといい。
 ただし、これは単独行動を全否定するものではない。単独には単独の良さがあるが、それには一定レベル以上のベアカントリースキルを身につけて欲しい。


4.ヒグマのサインを見落とすな!―――五感をフルに使って歩く
 糞・食痕・足跡・爪痕・クマ道から風・においまで、ヒグマの痕跡・存在に常に気を配ろう。
 ヒグマには、いわゆる「なわばり」「テリトリー」はないが、山で暮らす中で自然にいろいろな痕跡が残される。特に、その時期の山菜採りなどで新しい痕跡が残っている場合は十分注意しよう。ちなみに、ヒグマのほうからはしょっちゅうヒトを見たり、聴いたり、嗅いだりしている。登山道で何かに取り憑かれたように地面を見てひたすら歩いている姿を見るが、このような取り憑かれ歩きはベアカントリーでは適さない。釣り・山菜採り・昆虫採集などでも、熱中しすぎはマズイ。

5.朝夕はヒグマと遇いやすい―――基本的にヒグマはヒトを避ける
 夜間のほか、早朝・夕方・霧・雨など視界の悪いとき、強風のときは、山林・林道の散策は控える。
 ほとんどのヒグマは人間の接近を感じ取るとすぐに自分から遠ざかるが、どしゃ降りの雨・強風・夕暮れなど、あたりの状況が分かりにくいとき、私たち同様ヒグマの側からも人間の存在を感知しづらくなるためヒトを避けることに失敗しヒトとヒグマのバッタリ遭遇が起こりやすくなる。
 通常、ヒグマが人里へ降りる理由は食物がらみだが、夕暮れ時・早朝はいわばヒグマのエサ場への通勤・通学時間帯で、ヒトとの遭遇も多くなる。特に8~9月のデントコーン農地はヒグマの活動密度が特に高い場所となっている場合が多く、日中でも周辺での活動は注意が必要。


6.「甘い香り」を持ち込まない!――ヒグマを刺激しない・誘引しない
  嗅覚の動物ヒグマは「におい」には極めて敏感に反応する。
 ベアカントリーに入る際は、香水類(オーデコロン、ヘアトニックなど)、化粧、飲食物などヒグマを誘引したり刺激したりする「香り」を身につけないように心がける。意外と盲点となるのが食事をとるタイミング。例えば、焼き肉を食べた後しばらくは、焼き肉のにおいを吐く息とともにまき散らしているようなものなので、ヒグマと遭遇しそうな場所を訪れる前ではなく、そこから戻って、あるいは通り過ぎてから食べるという工夫があっていい。

7.悠々とゆっくり歩く――ヒグマの「潜む戦略」を成り立たせてやる
 ヒグマの身を隠せる藪などの近くでは、「急に止まる」「進路を変える」などトリッキーな動きは避ける。ベアカントリーでは、特別の訓練をされていない通常の犬はトラブルの元。
 人間の接近を知ったときのヒグマの潜む戦略はヒトを襲うためではなく、あくまで隠れてヒトとの衝突を避けるための戦略なので、このヒグマの戦略を成功させてやるために、「犬を連れて歩く」「ジョギング・サイクリング」は原則避ける。不用意に足を止め、路傍に駆け寄りヤマブドウの実に手を伸ばしたら、至近距離から薮を蹴散らかしてヒグマが逃亡した、などという例もちょくちょくある。もし犬を連れる場合、吠えるのを一瞬で止めるなどの躾をきっちりおこない、現場では必ずリードをつけ、なおかつ犬の行動に異変があったらすぐ引き返すのが賢明だろう。

8.シカの死骸からは速やかに退避!―――シカは山の地雷?!
 エゾシカの死骸・残骸周辺はとりわけ危険な場所。歩くときは風向きを常に意識し臭いに注意するなど、近づかないよう心がけよう。もし、エゾシカの死骸に近づいてしまったときは、あわてず速やかに来た道をそのまま戻るように。
 ヒグマは、一度に食べきれないシカの死骸に土や草、雪などをかけて一時的に保存する習性を持ち(土饅頭・草饅頭・雪饅頭)、その近隣に潜んでいる可能性が高い。シカ死骸を迂回して通り過ぎるのも危険。「来た道をそのまま」という部分が重要だ。昨今の北海道ではシカ駆除が銃器によっておこなわれているため、特に盛期は回収不能個体(手負い個体)の死骸が人里・農地周りで増えているので要注意だ。
 シカ死骸の腐敗臭は、慣れれば1㎞離れた場所からでもはっきりわかるが、経験したことのない人は豚肉を放置するなどしてニオイの学習をしておくといいかも知れない。

ただし、
アウトドア観光地、都市部周辺に昨今多く現れてはじめている「無警戒グマ」のうち少なくとも一部は
クマの側の「ヒトを避ける」という心理がそもそも希薄で、ここに書いた「遇わないための戦略」が通用しない。
そのタイプのクマに関しては、次項「もしヒグマに出遭ってしまったら」で触れようと思う。


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