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  この項のはじめに

 若い頃からアラスカやカナダを放浪したり、アラスカの原野に暮らしあれこれやった経験からすると、日本という国は自己責任という点でそれを要求する側も果たす側も意識がかなり低いように感じる。その代わり、いちいち禁止や制限事項を設け管理された中で安全を確保しようとする方向性が社会全体に定着しているよう思う。
 ただ、こと自然に関わる場合はその伝統を忘れ、自己の責任において自らを守る意識を明確に持ったほうがいいと思う。こんなふうに私が思うのは、社会的な何かのせいではなく、素朴に北海道なら北海道の豊かな自然を自由な気持で存分に味わって欲しいからだ。
 という私自身、進学で北海道に渡った当初は、吉村昭の『羆嵐』をはじめ海外のクマ恐怖話などを読んでただ恐怖し、釣りに行っても山に出かけてもヒグマという山のモンスターを怖れるあまり行きたい場所にも自由に行けない状況があった。カナダからアラスカに流れ下るユーコン川を旅したとき、その恐れのせいで何本の渓流遡行をあきらめたことか・・・今同じ場所に行けば、あのときとは比べものにならないほど何もかも味わい尽くせるのに!と後悔したりする。
 『羆嵐』でも何でもヒグマの事故が小説や映画になるときは、作り手は読み手を過剰に縮み上がらせることをめざすし、新聞なども正直言えば記者の無知や不勉強が丸出しの記事が多く、事実の本質にちっとも近づけていない。結果的に、それを観たり読んだりする人にヒグマに対しての錯誤や無理解を深めているとしか思えないところがある。
 私の場合は、若気の至りでアラスカの原野の森で活動し、クマやオオカミやクズリばかりでヒトがいない森で周りのクマを無視してはとてもまともに生活自体ができなかったため、必要に迫られてヒグマを観察したり分析したり理解したり、その理解を試してクマを遠ざけたり、とにかくトラブルにならないように工夫せざるを得なかった。もちろん、失敗も随分あるが。
 ある年、北極海に向かうデンプスターハイウェイで斜陽に照らされた大きなオスのグリズリーを見て思わず「美しい」と見入ったところから、ヒグマは私の中でイカツイ得体の知れない恐怖のモンスターからお隣さんの野生動物に変わったと思うが、小説や映画や新聞から刷り込まれ脳裏にこびりついたようなヒグマの幻影を拭い去るのは、そこからはそんなに難しくはなかった。そして何より、それまでより数倍自由な気持で、数十倍嬉しい気持ちで森や川を歩くことができるようになった。
 恐らく、今でも私は最もヒグマを怖れている人間だろう。怖れるからこそ知ることに没頭しトラブルや衝突を回避しているのだろう。とにもかくにも、間違っても以前のように萎縮したり足がすくんで立ち入れない森や川はご免だ。怖れるべきことを怖れ、敬うべきを敬い、謙虚な気持で森を歩くのは掛け値なしに楽しい。

 さて。昔話が長くなったが、自己責任を発揮するためには最低限の知識や理解を事前に持っておく必要がある。冬山で雪崩や凍死に対応すべく、クマの習性や対応を知っておけば自己責任も発揮しやすい。この項は、自由な気持で豊かな北海道の自然を楽しむためのヒグマの知識やノウハウが書かれた項と思ってもらったら幸いである。
 ただし、ヒグマの専門家となってヒグマの現場を自由自在に歩き回ってみようと志す若者や、若くなくてもそういう気概に溢れる人にも十分対応できる現場最前線の実践的なエッセンスも随所に織り込んだ。


Stage1:北海道の強獣ヒグマ―――トラブル回避のカギは?

 以前、最もよく受ける質問は「もしクマに遇ったらどうすればいいか?」という類のものだった。私は一応答えるのだけれど、内心、「いやあ・・・そういう質問している意識が一番マズイんだよなあ」と思っていた。例えば「走って逃げてはいけない」とマニュアル的にわかっていても、いざクマを目の当たりにしたとたんに忘れて、咄嗟に走って逃げてしまう人が多いこと多いこと。その人は「走って逃げたら運良く逃げ切れた」と声高に流布するのでそう思い込んでしまう人も増える。先述したようにクマというのは人間が走って逃げ切れるような相手ではないし、流布している本人がパニックに陥って走って逃げているので、追って来ているクマを確認する余裕もない。つまり、遭遇と同時にクマとヒトがともに走って逃げたというのが真相で、走って逃げて大丈夫なクマは歩いて逃げようが、そこに立ち尽くそうがまず大丈夫なケースなのだ。
 行政にもそういうところがあって、ある鳥獣行政担当者はシカ用の電気柵をヒグマがくぐって侵入する事例が生じたことで「電気柵はクマには利かない」と町内の農家に声高に話して回ったため多くの農家がそれを信じてクマ用の電気柵に背を向けてしまったり、別の観光関係の担当者は行政の説得の段階でお教えしたクマの背こすりの木にトレイルカメラをキチガイみたいに仕掛けて動画が撮れたからといって急に専門家面で間違ったことをあたかも事実のように喋りまくったり、これでは三毛別事件の小説や映画からヒグマを山のモンスターに仕立て上げた昔から、呆れるほど何一つ進歩していない。初手の入口付近で完全につまづいてしまっている。その人らに言いたいことは「クマをもう少しきちんと知ろうよ」ということに尽きるのだ。「きちんと」というのは、科学的な思考も少しは取り入れ幅広くいろんな事実から体系的に、という意味である。
 ベアカントリーに足を踏み入れる場合もまったく同じで、何よりも「ヒグマを正しく知る・理解する」というのが先決。クマの場合は例のインテリジェンスフローがあるため「知る」の段階に三つくらい階層があるが、とにもかくにもここに書かれているような基本的な一般論を知り、体系的にヒグマを理解しておくことだろう。
 いろいろな事実を矛盾なく結びつけながら理解しておけば、次の階層に進みやすい。つまり、アラスカのデナリ周辺のヒグマと知床半島のヒグマと丸瀬布のヒグマは遺伝的には大差無くとも随分違った性質や行動パタンを持つが、それぞれの地域のヒグマに対応できる理解が第二の階層だ。
 そして最後に、実際にベアカントリーに踏み入ってあるヒグマを近くに感知したとき、その個体がどんなクマなのかを知るという最後の理解の階層がある。
 「ヒグマとはこういう生きものだ」「知床のクマはこういうふうだ」「このクマはこういうヤツだ」のうち、まずは最初の部分を「きちんと」理解しておこう。


 さて、知り得た事実をどう生かすかだが、これは「先手必勝」と簡単に表現できると思う。つまり、何かの問題の前兆・予兆が現れた段階でそれを敏感に察知し、分析し、予測し、先回りして問題が起きる原因を的確に消していくのがコツだ。問題が実際に起き、それを放置して進展すればするほど判断が難しくなり、労力がかさみ、なおかつ危険度が上がってしまうからだ。それで、常にヒグマを意識し敏感に居ること、そして何かを感知したら漫然と見逃さず、たかを括ることもなくしっかり対応すること。それが重要になる。楽にトラブルを回避するコツは、知識と観察から予測をし、悪い予測があれば先手先手で消してしまうことだ。

 知識や理解はベアスプレー同様、現場で生かす前提で保持して欲しい。よく、会話の中ではよく知っているのに現場に行くと知識と反対のちぐはぐな行動になってしまう人があるが、それは困る。ヒグマ対応に限らないが、次のような回路で「感知・観察→分析→判断→対応→結果の整理→知識の修正」を逐一愚直なまでにおこなうだけの話ではあるのだが。「観察→分析→判断」のどこかの段階をおろそかにしそのまま「対応」に進めば、当然ちぐはぐな結果しか出て来ないし、状況自体が悪化したあげく、だいたい錯誤と状況悪化のスパイラルに呑み込まれたままそこから自力で脱出することができなくなる。

 

 ただ、ヒグマ問題は熟考を要することがらも多いが、ベアカントリーの現場では、感知された時点から対応までを悠長にやっている暇がない場合も多い。ベアカントリーのエキスパートは感知能力と分析・判断が極めて速く、なおかつ正確なのだ。それを、ほとんど淀みなく、自宅のドアを開けるようなさりげなさでこなす。一般にはなかなかそうはいかないので現場で何かのたびにシミュレーションしておくのがとても効果的だ。

 現代のヒグマに関して、最も問題となりそうな要素をピックアップしていく。


1.ヒグマは「食べもの」で動く―――ヒグマは食いしん坊

 
 「ヒグマのベーシック」で述べように、冬眠戦略を持つヒグマは半年近い絶食期間のために夏期に「食い溜め」を効果的におこなう必要があり、また、着床遅延がらみで、十分に食い溜めをおこなえなかった母グマは12月の段階で仔熊を流産してしまうとも解釈できる。また、成長期の若グマの成長率は高く食欲は旺盛だし、逆に成長しきった大型オス成獣は体重が重いうえに移動範囲も広いためその活動のための必要エネルギー量が大きく、とにかく活動している間は沢山食べなくてはならない。
 実際、どのヒグマを考えてもそれぞれの理由で大量の食物を必要としているとしか結論が出て来ないが、さらにサーモンが遡上を下流部で止められ山間部から欠落し、近年の過剰な山林伐採も加わるので、なりふり構わず食べなければならない切羽詰まった状況もうかがえる。特に子を持った母グマにとっては、単に自らが生きること以上の意味があることかも知れない。彼らの行動の多くが「食」によって左右され、クマとヒトとの悶着・軋轢のほとんどはこの「食物」が原因で起きる。
 我々はまず、「クマは食いしん坊で仕方ない」とこの動物を認めてやり、そのもとで「ヒト側の戦略」を考えてゆく必要がある。
 
 ヒグマの食物と年周期に関しては、本気で説明しようと思うと本が一冊書けるくらい膨大なので、概略図として「ヒグマのベーシック」で用いたヒグマの年周期の図を再度載せておく。
     

 この図中の「ヒグマの食物と活動」と「ヒトの活動」をよく見比べてもらうと、だいたいどの時期にどんな場所でヒトとヒグマが遭遇しやすいかということは自ずと見えてくる。これは、北大雪山塊の標高250~700m前後の数年間の調査から描いた図だが、渡島半島・知床など特殊な植生・地形・気象を持ったエリアを除き、概ね北海道各地に適用できるだろう。ただし、サーモンの遡上状況、シカ死骸の放置状況に関しては地域差がかなりある。

1。山菜採りシーズン
 まず第一の遭遇パタンは、4月~5月連休あたりの山菜採りシーズンにある。この時期はまだ薮や草が鬱蒼としておらず見通しが比較的いい場所が多い。それでついついヒトは油断して自分本位に気ままに動く。が、こういう時期や場所はヒグマが隠れる場所も限られ、逆に、ヒトの接近で見通しの悪い「狭い場所」にヒグマが潜むことも多くなる。もちろん、ヒトを襲おうとして潜んでいるのではないが、そこに山菜採りに夢中になったヒトが不用意に近づけば、ヒグマは身を隠して逃げるルートを失いあっと言う間に切迫すると思う。
 この時期の注意の仕方は、まず原則のアピールだが、クルマを停めた場所でしばらく大声で話したり騒がしくして「人間が来ましたよ」と周囲のクマに知らせてやる。クルマを降りて歩き始めたら常にクマの痕跡のあるなし・新旧ををよく見ておくことだが、広範囲を見渡し薮や岩陰や風倒木など周辺のブラインドとなっている場所を探し、クマが隠れているかも知れないと目星をつける。目星をつけた場所に問答無用で近づくことを避け、想定したそこに隠れているクマに自分の存在をアピールしながら、できるだけそのクマが安全に逃げられる選択肢を残すように動いてやる。「どう近づいてもクマの逃げ道がないなあ」と思えば近づかない。複数で行動するのがいいが、その場合、いっせいに山に散るのではなく、クマ対応のできる熟練者がブラインドをひとつひとつ潰す形でクマがいないことを確認しながら先に進み、その後を初心者が続きながらお目当ての山菜・新芽を採るという活動スタイルになる。もちろん、湯気が出ている新しい糞とかが見つかった場合は、速やかに引き返し別の山菜ポイントへ向かうのが無難といえば無難だ。ベアスプレーくらいは各自持ったほうがいいと思う。

2。フキ採り
 6~7月のほとんどのヒグマの主食は間違いなくフキだろう。個体によってはフキばかりをがむしゃらに食べる。ご存じの通り北海道のフキはクマの身体を隠すのに十分な高さを持っていて、フキ群生地に隠れたヒグマはなかなか感知できない。フキの群生は少し陽当たりの良い渓流沿いや林道沿いに帯状にできることも多いが、フキにもいいフキと悪いフキがあり、ヒトはいいフキを探してガサガサと奥へ移動する傾向も強いため、やはり潜み隠れたヒグマにこちらから接近してしまうことが多いだろう。ただ、ヒトがどんどん自分に近づいた場合、この環境のクマは、フキのシェードを使って一目散に逃げる確率が高いように思う。
 林道沿いや林道に沿った渓流のフキ群生地では、そこそこ林道をクルマが行き交うため、その周辺のヒグマは「フキの中に隠れていれば大丈夫、クルマはすぐ走り去る」と学習していて、クルマの音が遠くから近づいたとき、食べ途中のフキ群生の中に伏せ隠れてじっとクルマが行ってしまうのを待っていることも多い。ところが、クマが好むフキとヒトが好むフキが同じなので、クマが隠れたフキ群生の前でクルマがにわかに停まると、クマとしては焦るわけだ。フキ群生の前でクルマを停めたとき、そういう状況が起きているかも知れないと思って対応して欲しい。

3。デントコーン農地周り
 8月上旬あたりからヒグマたちはデントコーンの実のつき具合・甘さなどの様子見に来る。気の早い個体は7月後半からデントコーン農地周辺に寄ってくる。多くの場合、お盆過ぎから本食いに入り、最も多くのクマがデントコーン畑に通うのは9月上旬からデントコーンが刈り取られる9月末あたりまでだろう。
 デントコーン畑の1㎞以内で意外とあちこちでクマに合うのは「様子見の時期」で、固定化された移動ルートではなくブラブラとあちこち物色しながら歩き回るので、予想していない場所で半ば偶然クマに出合うケースが多くなる。
 本食いに入ってデントコーンに依存したクマの暮らしはだいたい三つに大別でき、デントコーン畑の中に居座っ昼夜かまわずコーンの実を食べるタイプ、近隣の薮に退避して日中を過ごし夜になると農地に侵入するタイプ、そして、警戒心の強い大型個体などは1㎞内外離れた山塊にいちいち戻って通学するような感じでデントコーン畑に通う。多くのクマはピーク時には毎日のようにデントコーン畑に入って食べるため、その周辺は一年を通して最もヒグマに遭遇しやすい場所となる。デントコーン農地の特殊性は、作物の背丈が高く、飼料用として高密度に植えられるために視界がほとんど利かないところだろう。その周辺の林や薮もほとんど整備されず鬱蒼としていることが多い。春先の山菜採りのときのように「目星をつける」といっても、辺り一面がクマの隠れているかも知れない場所になるので、デントコーン畑周辺でヒグマに出合わず行動するというのはほとんど不可能に近い。実際に、デントコーン周りのパトロールでは、毎年度かデントコーンの中や周辺の薮から飛び出るヒグマに遭遇するし、その一部はbluff chargeをかけてきたりもする。とにもかくにもクマ用の電気柵を設置しきっちりメンテナンスしていないデントコーン農地はヒグマの好適なエサ場と化していることが多く、条件が揃えば一枚の農地に相当数のヒグマが出入りしている。ちなみに今年(2017年)、あるデントコーン畑に隣接する林に仕掛けた一台のトレイルカメラには、10日足らずで十数頭のヒグマ(仔熊含む)を動画に捉えられた。

 また、クマ用の電気柵によって防除がきちんとされていないデントコーン農地周辺にはシカの死骸が仕込まれたクマ捕獲用の箱罠が置かれることも多く、ますますその周辺の危険度が増す。(後述:「6。シカ死骸」参照)

4。サーモンの遡上河川周辺
 8月以降、この北海道でも地域によってはカラフトマス・シロザケのサーモン類が海から遡上する河川があるが、その場合、周辺の山からヒグマが河川周りに降りている傾向も強い。この傾向は、サーモンの遡上が終わった冬の前まで続き、産卵を終えて浅瀬に打ち上げられたサーモンの死骸もヒグマは好んで食べる。またさらに、冬眠明けのヒグマが曖昧な期待を持って通い慣れたサーモンの河にブラブラと歩くことも比較的多い。
 例えばオホーツク海側のカラフトマス遡上時期にその河周辺を歩き回ると、河からかなり離れた山の斜面などに食べ残しのカラフトマスの死骸が散乱していることも多い。河でサーモンを獲ってその場で食べるほか、ヒグマの事情か気分かでそれを山側へ持ち去ってそこで食べることも多いわけだが、一帯にサーモンの死骸が散乱することでさらに周辺のヒグマを引き寄せる効果があるとも推察できる。実際はキツネやエゾクロテンなどのほ乳類ほか、大型の猛禽類やカケス・コガラなどもそれを食べに集まるため、非常に賑やかな林になる。

 食物としてサーモン類を利用しているのが確認された河川としては、知床半島のルシャ・テッパンベツ・幌別川、忠類川、猿骨川、浜益川、厚田川、天塩川本支流あたりだが、私が知らない例は道内でいくらでもあるだろう。
 一方春から遡上を開始するサーモン、サクラマスを常習的に食物として利用しているヒグマの例を私はまだ確認していないが、これも晩夏・晩秋あたりにきっとあると思う。

 クマがいるからサーモンの河には近づくなと言うつもりは私にはさらさらない。が、空間は共有しても、時間的な棲み分けをめざすほうがいいとは思う。ヒトに対して警戒心が特に乏しい若グマを忌避教育(追い払い等)で消しておき、ヒトは陽が高い時間帯にそこを訪れるようにする。夕方から夜間・早朝まではクマの時間ということで。


左写真)川底が見えないほどのピンクサーモン(カラフトマス)の遡上(北海道・オホーツク海側河川)
右写真)レッドサーモン。こうしてヒグマのエサ場で釣りをするのが普通だ(アラスカ州・キーナイ川支流)
 北海道でヒグマによる被害を云々する場合に、ヒグマのエサ奪いをセットで考える必要もある。

5。木の実の多い斜面
 10月がヒグマが木の実を食べるピークだが、この時期のヒグマは「ハシゴする」状態で各種木の実を食べる。普通、ヒグマを探すときは地面にいるクマを探すものだが、この時期に限って、視線を樹上に上げて歩くとヒグマが見つかることが意外と多い。木の実の多い斜面では、一時間のうち50分ほどは樹の上で木の実を食べているのではないか。仔熊と母グマが比較的離れた位置に居ることが多いので、その間に割り込んでしまわぬように注意する必要はある。
 私が若グマと近距離で対面しベアプロファイリングの材料を得たり教育を持ち出すためにアピールをあえて断って忍び歩くというバイアスはかかっているが、この時期に山の斜面で遭遇しパッと逃げたにもかかわらずすぐ止まってこちらを見て躊躇しているようなクマの多くが、単なる若グマではなく子を連れた母グマで、その時点ですでに母グマと仔熊の間に自分が割り込んでしまっている可能性も高い。足を止めてこちらを向き躊躇しているクマの視線の動きをよく見ると仔熊の位置は把握できるが、そのほとんどが樹上だ。仔熊の位置が背後の樹上とわかっても、そちらに首を動かし見ていると母グマも勘違いして切羽詰まる恐れがあるので、とにかく仔熊など知らんふりをして、仔熊と母グマの両方から離れる動きを考える。できるだけ悠然とゆっくり、腕は下げたまま。

 夏から秋にかけての降農地の時期はヒグマはほとんど農地周辺から移動せず、農地に「付く」と表現できる状態だが、それが終わって秋の木の実の時期に入ると、「食べ歩き」の様相を強め、移動はトリッキーで速いものとなる。前掌幅20㎝の大型オスのケースでは、スーパー林道を縫うように各種木の実を食べ歩き、二日間ほどで峠を越えて道のり40㎞ほどを移動していた。このオス成獣の大規模な移動を「秋の縦走」と呼んでいる。若干負け惜しみになるが、足跡その他が特徴的で、追いやすいルートを一部追うことはできても、こういうオス成獣の秋の縦走全体の移動を知ることはGPS発信器でもつけて観察しなければ困難と思う。

 写真は、縦走を追って朝日峠を留辺蘂側に越えたあたりで見つけた糞で、大きさと言い多彩さと言い見事なもので、思わず展覧会の絵を見るようにしばらく眺め入ってしまった想い出の糞。十数種類の木の実が綺麗に分かれて含まれており、この糞こそが秋の縦走のヒグマの暮らしを物語る。デントコーンの単調な糞をいくら眺めてもこちらの好奇心は萎える一方でいささか気が滅入るが、秋の縦走をクマについて歩く時の心地は本当に気持ちのいいものだ。これらの木の実は留辺蘂側のものではなく武利川流域のものだが、こうして何千ものタネがクマに運ばれて一気に峠を越えて生息地を広げたりもすると素直に思えた。この糞ポイントから、追っていたオスは武利岳方面に急斜を登ったようだが、そこで私はあっさりついて行けなくなった。その後、このオスがどこをどう歩いたかはわからないが、再び丸瀬布側の湯ノ沢の谷で確認できたのは約2ヵ月経った冬の入口だった。

6。シカの死骸
a)自然死
 自然死によるシカ死骸が山に多く転がるのは積雪量が多い冬の終わりから春先にかけてだ。単純な積雪量というより、その冬の積雪パタンが大きく影響しているようだが、近年流行の爆弾低気圧が初冬に来襲し一気に積雪を増やした年などは、春先の調査で沢沿いの林道に沿うだけでも10程度のシカ死骸が確認できる。科学的な算出をトライしたこともないが、この北大雪山塊だけで何千ものシカが衰弱死しているのではないか。猟友会に依頼し銃器や罠で捕殺するより人工降雪マシーンの開発に勤しんだほうが、シカの個体数調整に関してははるかに効果的だとも思えるほどだ。
 この時期のシカ死骸の感知は、大型猛禽類(オジロワシやオオワシなど)のほかカラスやカケスの動きをよく観察することで比較的おこないやすく、雪が残っていればキツネの動きにも注目しておくとさらにいい。

b)駆除・狩猟による残滓・回収されない個体
 昨今では、シカ駆除による回収されない死骸が里山のあちこちに放置されがちな地域、あるいは交通事故死した個体が道路近辺に放置されるケースがある。
 シカ死骸に一度口をつけたヒグマは食べきれない死骸に土や草をかけて隠し(土まんじゅう・草まんじゅう)通常近隣に潜むことが多く、そこへヒトが近づけば通常では見られない攻撃的な態度をとってシカ死骸を死守しようとする場合も多い。シカ死骸の直近ではその傾向が非常に強いが、死骸から200m離れていても複数のクマがその周辺に寄って興奮状態のこともあり、放置されるシカ死骸のその周辺ヒグマに対する影響範囲がかなり広範囲であることもわかってきている。ヒトと遭遇した場合、ふだんとは明らかに異なる反応を示すこともあり、注意が必要だ。
 特に駆除がおこなわれる3~10月は薮・草本も鬱蒼とし、転がっているシカ死骸を遠目で視認することは困難なことが多いだろう。春先同様、鳥類の動きでだいたいの位置は推測できる。(できない場合もある)

c)ヒグマ捕獲用の箱罠に仕込まれるシカ死骸
 自然死やシカ駆除がらみの放置死骸・交通事故死個体のほか、行政によって人里内およびその周辺に人為的にシカ死骸が置かれるケースがある。シカ死骸を誘因餌に使った「クマ捕獲用の箱罠」がそれで、十分な注意喚起看板も立てられず農地脇の河川敷や薮・林に仕掛けられることも多く、箱罠周辺にシカの内蔵などをばらまいたりもするので、釣り人などの観光客や住民が知らずに接近してかなり危険な状態に陥る例も見られる。当然、小学生の通学路脇や保育園近隣・キャンプ場周辺や観光エリア内などにはシカ死骸を用いた箱罠は用いるべきではないのだが、それが守られないケースも多々ある。

 昨今ではシカ・シカ猟・シカ死骸の増加の影響で、冬眠を放棄して真冬に歩き回る個体も出始めている。このタイプの個体が特別危険ということはないが、従来的な知識で「ヒグマは冬に活動していない」と思い込んで対策を怠ればむしろ対応に苦慮するだろう。もちろん、この時期のベアスプレーは、腰やザックにぶら下げて持つのではなく、スプレー缶の温度が低下しないように懐に入れて持つのが正解だ。

ちょっと寄り道:人身事故の当事者のヒトとクマ
 もし仮にヒトを襲いたいクマがどこかに存在したとする。その場合、そのクマが少し人里や市街地方面に降りればヒトを襲うチャンスはいくらでもある。だが実際、そうしてヒトを攻撃するヒグマは皆無だろう。では、山でヒトに遇いヒトを死傷させたクマはどんなクマだろう?
 じつは、特に臆病だとかヒトを多少舐めているとか攻撃側に傾きやすいとかの性格はそれなりにあるにせよ、ごくごく普通のクマであることがほとんどだ。その時の状況や不運でクマによる死亡事故に至ってしまった場合、そのクマが次の人間を狙って周辺を歩き回っているのではないかと、そんなふうに思うのも人情として仕方ないのだが、実際は、人身事故を起こしたクマはごくごく普通のクマの暮らしに戻って山で草を食べたり何を食べたりして暮らしている。もちろん、その山塊に侵入したヒトを次々に襲って云々という事にはまずならない。その加害グマが餌付けされて異常性を帯びているかも知れないほんのわずかな可能性を疑って、事故後専門家などを用いて調査・確認する作業は必要だろうが。恐らく、事故に遇った人も特別ダメな人とか悪い性質の人とかではない。ごく普通の人とごく普通のクマが山でバッタリ出遇い、ちょっとした成り行きで死亡事故にまで発展してしまう、いわばお互いにとって不幸な事故。ヒト側からもできるだけ防ぐよう努力したい。
 一方、事故を起こしたクマだが、それが異常性を帯びている個体なら確実かつ速やかな捕獲をめざす一手だろうが、そうでない場合、人情に任せて復讐や敵討ちや見せしめで殺してもほとんど意味がないばかりか、先が暗い。ましてや、敵討ちと称して事故に関係のないクマを次々に殺すようなことは厳に慎むべきと私は思う。




2.ヒグマは知能が高い

これは「ヒグマのベーシック」で述べた通りだが、インテリジェンスフローだけ再記しておこう。

 このフロー図の中に、ベアカントリーへ踏み入る際の注意点が幾つか浮き彫りにされている。「経験不足で好奇心ばかり旺盛な若グマの問題」「心理戦略を用いる」「個体差のばらつきが激しく単純なマニュアルがない」など。


3.無知で無邪気で好奇心旺盛な若グマ

 インテリジェンスフローから見える重要な側面は、クマが「学習し成長(変化)する生きもの」という点だ。
 クマは冬眠穴で生まれ、多くは生後1年半前後で親離れを果たすが、親に連れられたクマを「仔熊」、親離れ後2~3年程度のクマを「若グマ」と私は呼んでいる。まあ、人間の「若者」同様、きっかりした定義はない。
 若グマは、まだ経験・学習が乏しく警戒心が希薄だ。もともと持つ「好奇心旺盛」に「無知」「無邪気」が加わることで、ともすると非常に無防備で不注意な行動をとってヒトと問題を起こす場合がある。
 最もわかりやすく、またヒトからすると問題となる若グマの行動は、ヒトへの「好奇心による接近・じゃれつき」だろう。通常、クマによって怪我をした人はいろいろな先入観から自動的に「襲われた」と認識し、メディア等でもそのように画一的に表現されるが、じつは、クマに「襲われた」事例をよく見てみると「じゃれつかれた」である場合が浮上してくる。この若グマ特有の行動は、仔犬の「甘噛み」「飛び付き」と同じスキンシップなのだが、これを漫然と許し長引かせてしまうとじゃれつきが激しくなったり、何かの拍子に本当の攻撃になったりして、ヒト側の大怪我にもつながる。もちろん、走って逃げるのはこの若グマに対してもやめた方がいいと思う。

 特に「仔熊」「若グマ」にとっては、すべての「あそび」は、そこで生き抜くための戦略学習に結びつく大切な作業だ。好奇心旺盛に動き回るいたずら三昧の仔熊・若グマはむしろ学習能力が高くコントロールしやすい。
 また、「ヒグマの高知能」は「ヒグマの高感受性」につながる。経験によって培われた戦略・気性・癖の他に、そのときどきの喜怒哀楽、不安や切迫観などの「気分」が加わってヒグマの行動は変幻自在に変化する。

 この無邪気で危うい若グマも、それぞれの自然環境・人間環境の元でいろいろを経験・学習し、次第に一人前になってゆくが、最終的にクマという野生動物の個性はヒト以上にばらつきの激しいものとなる。
 また、ヒトと遭遇した時間・天候・場所・人数などに加え、ちょっとした気分によってもクマの行動は変わってくる。それで、バッタリ遭遇対応などの単純で確実なマニュアルが作れないのだ。

 このことから、ベアカントリーでの対ヒグマリスクマネジメントは、「遇ったらどうするか?」ではなく「どうやったら(悪いシチュエーションで)遇わないようにできるか?」というところに、まず焦点を持ってこなくてはならない。悪いシチュエーションとは、概ね距離に関してだろう。30m以内だとだいたい状況は良くない。50mでも黄信号だろう。距離以外では、例えば、交尾期(6~7月)のオスとか、親子連れのクマ、手負いグマ、シカ死骸に付いたクマなど、これらの特別な状況だと、仮に距離が50mでも切迫した進み方をするかも知れない。

 ヒトそのものへの問題とは別に、人里に対しての経験不足と無警戒が、道内で近年増えている市街地出没などに結びついているとも考えられる。
 まだ全容解明とまではいかないが、じつは、無闇なヒグマの捕獲によって、この若グマが特に人里周りに局所的に増加する可能性がある。特に周辺の山が豊かでヒグマの生息状況が健全な場合、このような現象が起きやすい。無分別な捕獲・過剰な捕獲ともいうが、ヒグマといえばいまだに捕獲一本槍が普通の北海道では、昨今、若グマがこの経路で人里周りに増え様々な問題が起きているエリアが多いように感じる。



痕跡あれこれ

糞と食痕(ふんとしょっこん)
 基本的な糞と食痕については「ヒグマのベーシック/ヒグマの食物と年周期」に書いたのでそこを参照。

 補足的に、アリを食べた跡について載せておく。
 アスファルト道路脇にはびこってきた草が不自然にめくれ上がっていたり、風倒木が移動していたり、切り株がひっくり返されたりしていた場合は、だいたいヒグマがアリの巣を暴いて食べたあとだ。よく見てみるとアスファルト上や移動された木にクマの爪痕が残されていることも多い。林内ではあちらこちらにアリ食の跡が見られるが、唯一アスファルト脇のアリについては、フキ同様人が使う道沿いに帯状にアリの巣ができるため、クルマを運転していてクマを目撃する事例に結びつきやすい。ただアリを食べたくてアスファルト道路まで出てきている若グマが多いが、クルマから降りて変に近づくとbluff chargeもあるため、その若グマが多少暢気にしていても窓をきっちり閉めクルマの中から静観してやって欲しい。
  

 


  ここでは、自分が歩いているその周辺にヒグマが現に活動しているかいないかを判断するための、ちょっと変則的な(応用的な)フキの例を紹介してみようと思う。どんな感覚の使い方でベアカントリーを歩けばいいかの例として読んでもらえればありがたい。

 クルマを走らせていたらこんな風景が遠くに見えたとしよう。恐らく、多くの人は見逃して通り過ぎてしまうかも知れないが。
 私は違和感を感じ、直感的にここで何があったか想像しながら、クルマを停めるだろう。(この時は実際に停めて簡単に確認をしたのだが)
 問題はもちろん道路上に落ちているフキなのだが、フキが中途半端に茎をつけた状態でどうしてここに落ちているか?と考えると、クマ以外には考えられない。つまり、そのクマは右手の斜面上方から降りて道端のフキを噛みちぎり、それを咥えたままこの道を斜めに横断した。そのクマが、かなり若いオスだろうというところまで推測をする。クルマを降りる前に頭に浮かんだ光景はそんなところだ。
 「若い」と「オス」というところは推し過ぎだと指摘されるかも知れないが、それとて単なる憶測やヤマカンというわけではない。

 さて、これで違和感は私自身の中では半ば解消したが、その確認をしなければならない。フキが落ちている位置まで歩き、そこから辺り一面を眺めると、クマの通った跡がさらに明瞭に見えてくる。それが二枚目の写真だ。

 足跡は見当たらないが、そのクマが斜めに道を渡り、ガードロープを越えて向こうの法面を降りていっているラインがはっきり見える。法面の足跡列から、性別は判らないが小さなクマであることは確認できる。この場合、さらに確認の方法があって、ガードロープをまたいで越えるときにロープに絡んでむしり取られたヒグマの体毛が残っている可能性が高い。
 一応、そのクマが法面直下に隠れていないことを確認し、ガードロープに顔を近づ毛が付着していないかどうかチェックすれば、この件に関しては一応一段落。
 

 何が言いたいかというと、ヒグマの痕跡には誰が見てもわかりやすいものも多いが、その何倍も微妙な何かでクマの存在がそこに残されている場合がある。クマがいてもいなくても、とにかくいろいろを感じるセンサーを敏感にしていろいろを見ていると、ほんの些細な差や変化を感知できるようになるし、あれっ?と疑問が湧いたり違和感を感じたりする場面というのがある。それは必ずしもヒグマの行動のせいではなくて、たまには「なんだあ、キツネかあ!キツネがこんなことするんだな」とキツネで発見があったり。とにかく、鋭敏に感じたその違和感を題材だと思って確認作業や考察をおこなったりしていると、ヒグマが読めるようになっていくし、ヒグマの痕跡が見えるようになっていく。ついでにシカもキツネもエゾクロテンも見えてくる。私の場合は、右脳的感覚をメインに据え、左脳的に補助したり確認したり修正したりする方法でやっている。ヒトによっていろいろスタンスはあるだろうが、ヒグマがどんな生き物で、どこでどんな暮らしをしているかがわかってくることが、ベアカントリーのリスクマネジメントの点でも最も大事なことのように思う。


足跡(あしあと)
 左写真は、冬眠明け後しばらく経った頃の4歳前後の若いオスの足跡列。まるで一直線にキツネの足跡列のように並んでいるが、大型のオス成獣ではこの足跡列の幅が60~70㎝ほどになる場合もある。足跡列の配置にはそのクマの年齢や身体状況、さらにはその時の気分・心理状況が反映するためひとことでは説明できないが、古傷などにより特徴的な足の運びをする個体もあるため、前掌幅に次いで足跡列が個体識別の材料にもなる。この足跡の個体は追い払い第一期生の荒太郎と名付けた若グマで、いつからか左脚を若干引きずる特徴を持った。
 一番下の足跡のさらに下にうっすらと窪みができているのがわかるだろうか。これを私は「前足のかかと」と呼んでいるが、ヒグマの中心線に対して外側にある。つまり、最下の足跡は「右前足」ということができる。

 下の白い足跡はライムトラップ(石灰まき)によってアスファルト上に押されたヒグマの足跡のスタンプである。この同じクマが泥面や砂地に足跡を残すと、大きさ・形状が若干変わってくるが、だいたいこの石灰の足跡がクマの足跡の基本形と思ってもらっていいと思う。
 

 一般的にヒグマの足跡を探そうとするとき、皆さんはこの形を探そうと思うだろう。それがはっきり識別できるケースも確かにあるが、割合からすると私が認知する足跡の数%程度ではないだろうか。私がベアカントリーを歩くとき、ヒグマの足跡を見つけようとしても意識はだいたい足跡の「形状」にはない。意識を向けるのはむしろ「足跡列」と「地面の違和感(微妙な変化・乱れ)」だ。微妙なだけに写真に写せるケースはほとんどないのだが、タイミングよく写せたラッキーな例を挙げてみる。
 左写真はフキ群生が多い林道沿いの調査をおこなっているときに見つけたクマ糞だが、林道上に少し暗い色で残された足跡列がわかるだろうか。この個体はかなりの大型オスで、ゆっくり歩いて林道を渡りながら、糞を落とした。一歩歩くごとに尻の向きが左右に向くので、こんなジクザグの糞の配置になるが、その周期から歩調・歩幅がわかる。この写真では、糞の周期と足跡の周期がほぼ同一であることもわかるだろう。
 ついでに書いておくと、この糞列の消化度(固さ)を見れば、このクマが手前から向こうの薮に向けて横断したことは明白だ。
 この糞の落とし主に関しては、例の忍び歩きで追ってみたらここから200mほど進んだところでまだフキを食べていて、近距離でやりとりをおこなえたので足跡データ以外にもあれこれ得られる情報はあった。
 さて問題は、この糞がなく、少し時間が経って足跡列の色が周辺の地面と変わらなくなってしまったケースだ。ヒグマの足跡の「形状」をいくら探しても、この足跡は絶対に発見できないし、よほど目が肥えていないと見過ごしてしまうのだ。
 林道などの場合は、雨が降るたびに無数の雨粒が地面に落ちて細かい砂礫が少し浮いた形で均一に整列する。その整列した上をクマが歩くと砂礫の配置が微妙に乱れて、足跡列になって現れるわけだ。

 では、泥面あるいは泥を含んだ地面ではどうだろう?
 この場合も、ヒグマの足跡の「形状」がはっきりわかる例というのは割合としてはかなり少ない。注目するのは「重量物が一定の面積で地面を踏み押した跡」とでもなるか。上述同様、自然に整った均一地面の乱れの一種だろうが、圧力的に前掌が出やすい。重量物がシカならばひづめが地面に刺さり込むし、キツネならその面積からそれとわかる。









 最後に、「草類を踏んだ跡」として足跡が感知できることも多い。
 写真は非常にわかりやすいあとだが、非積雪期の地面には数㎜以下の草の芽が無数に出ていて、それを踏み倒した跡としてもヒグマの足跡は残る。林道の砂礫と同じような原理・見方だが、この方法は普通に歩いていてもわからないので、ある程度「ここをヒグマが通ったのでは?」と勘が働いたときにヒザをついて地面を舐めるように検分してはじめて見える足跡ではある。勘が働き、なおかつその勘がそれなりに実績を持っていないとなかなかヒザをついてとはならないだろうが、2~3㎜の新芽がヒグマに踏まれた跡を発見すると、私もついつい「YES!」という気になる。ヒグマの痕跡探しを遊びや趣味でやってもかなり面白いと思うのだが・・・

《覚え書き》今度、ヒグマが踏んだ2㎜の新芽を写真に撮っておこう・・・






爪痕・樹印(つめあと・きじるし)

 樹につけられたヒグマの爪痕を「縄張りを主張する跡だ」とか昔から定説めいて言われたりするが、樹木の幹につけられたヒグマの爪痕にはそんなたいそうな意味などないと最近の私は思ってる。
 では、どんな経緯でヒグマの爪痕がいろんな樹木に残されるのだろうか。これまでにわかってきたケースは以下のようになる。
1。樹に登り降りする際に、樹皮に爪をかけて登り降りをおこなうため
 ヒグマが樹に登る理由は
   a)樹上の木の実を食べる(特にママ旅・サルナシ・ヤマブドウなどのツル科の植物の実)
  b)遊び(特に低年齢層のクマ)
  c)追われたときの退避(同上)

2。遊び・イタズラ
 これは比較的仔熊や親離れ直後の幼い個体に多く、刹那的・無目的な爪痕である。

3。幹への「背こすり」の際の補助で
 「背こすり」というのは、ヒグマが立ち上がり背中を樹の幹にこすりつけるような行動だが、その意味に関しては、幾つかの理由が浮上してきてはいるが十分にわかっていない。私の調査エリア内では15本内外、複数のヒグマが毎年よく背こすりをよくおこなう樹が確認できているが、ヒグマの活動密度によってそういうタイプの背こすりの木の数がどう変化するか?など、今後の研究課題が残されている。
 また、クレオソートをはじめ一部のオイル系塗料・防腐剤に対してヒグマが反応し、そこに背をこすりつけたり噛んだりすることが比較的昔から知られていることからも、ひとことで「背こすり」といっても、その動機はかなり幅広くいろいろあるように思われる。
 さて、背こすりの補助というのは単純で、樹の幹に背を向けて立ち背中を左右上下にグリグリこすりつけるのは、かなり不安定な状態になるため、背中越しに幹に爪をかけて両腕で身体を安定させるという意味合いだ。ある程度急な斜面上で樹に背こすりをおこなう場合、谷側ではなく山側からおこなうケースが多いが、背こすり最中に背中が幹から外れると大変だ。と、そんなことも私は心配になったりする。
 いずれにしても、先入観的にヒグマが樹に向かって正面から爪痕をつけると決めつけるだけの根拠はなく、実際、樹についた爪痕を見ていても、そのイメージでは腑に落ちないケースが多々ある。

4。特定の樹種に関して、樹皮下のみずみずしい樹液を舐めるのに樹皮を剥いだり傷つけたりするため
 樹種としてはトドマツが多いように思うが、同一と思われるヒグマが何年かにわたって同じトドマツに爪痕を残しつつ、樹皮を剥いで樹液を舐めているような跡が観察されることがある。ところが、その個体がトドマツの樹液が大好きであちこちで同じようにやっているかというと、それがそうでもない。
 上述「背こすり」の樹というのは、、慣れてくるとだいたい遠目でも予測がつくようになっていくのだが、樹皮を剥いで樹液を舐める樹もまた同様で、ある特定の条件が揃った樹におこなわれる傾向が強い。「特定の条件」とは、周りの植生や木々と相対的で、まあ要するに「ある程度の太さがあって(クマ的に)目立つ」というようなことだ。クマ的にというのは、嗅覚を用いて感知しやすいということで、においの強い樹という事にもなる。
 ひとつの理由としては、自分が行動するための道標・看板なのではないか。私たち人間は、視界の悪い森を歩き回るときピンクテープをところどころに巻いて迷子にならないように工夫する。それと同じことを、においでやっているのではと考えている。

5。マーキング(?)
 これはあまり確かでないのだが、例のクレオソートへの反応を見る限り「自らの行動圏における異物に対してのにおい付け」をおこなう習性が示唆され、マーキング的な意味合いが可能性を持つ。
 狼犬であるうちのベアドッグらは、ヒグマの糞や背こすり跡を見つけると、背こすりならぬ「首こすり」を執拗におこなう。おかげで帰りのクルマの中はヒグマの糞のにおいで充満したりするが、この行為が、クマの糞のにおいを自分につけているのか、自分のにおいをクマの場所につけているのか、はたまた別の何かがあるのか、そこが明確にはわかっていない。ただ、その行為の代わりに、もしくは後に尿でマーキングをする点からすると、自分のにおいをつけている線が濃厚になる。私自身、その時の気分でマーキングのほうだけは加勢することがあるが、それがどれだけヒグマに影響を与えているかはわかっていない。


上の三枚の写真は左から、「木登りタイプ・樹液舐めタイプ・背こすりタイプ」。


通り跡とクマ道

 野生動物がよく通る経路を「けもの道」などとというが、それに相当する「クマ道」がヒグマにもある。ただ、クマ道はヒグマが移動に使っている経路のごく一部で、登山道クラスのクマ道は少ない。
 クマが歩くルートを決める要素はそれほど多くはなく「歩きやすい」というのが第一にある。次いで、人里周辺では最も警戒しているヒトから「見られにくい・隠れやすい」という要素が働く。歩き方も、ただ黙々と目的地をめざして歩く場合もあれば、あちこち食べ物を物色しながらブラブラと散策する比較的無目的な移動もある。
 地形的にある程度の起伏があれば、ある方向に向かうときに歩きやすいルートというのはだいたい決まっていて、そこがヒトの林道や登山道になったりするが、整備されたそれらのヒトの道をヒグマは非常によく利用する。使われない登山道はしばらく放置すると薮がはびこって歩きづらくなるが、クマ道はヒグマがそこを踏んで歩くことによって自然に整備されるようなところがあって、クマがよく歩く道は年月とともに整備された状態になって、余計にクマが歩く傾向が強まる。私の丸瀬布における調査・パトロールのルーティーンルートも、はじめは細々としたシカが歩いた辛うじて迷わず歩ける程度のルートだったが、7年間ほどしょっちゅうベアドッグとともに歩いていたらクッキリと登山道のように歩きやすい道となり、今はBeardogTrail(ベアドッグトレイル)と呼んでいる。ときどきヒグマも流用する。釣り人が森林・草地を通って河へ向かう道をFishermansTrailというが、同じようにできたクマが使う道をBearTrail(クマ道)と理解していい。

補足)たかがクマ道、されどクマ道
 ヒグマの移動経路の全体的な形状は、本来の河川の下流部の水の経路と似ていて、地形や植生などによって一本の太い本流からなる区間と、無数のチャネル(分水流)からなる区間と、二つに大別できる。例えば模式的に書いた下図でA地点からB地点にヒグマが移動するとする。その場合、だいたいどのクマも決まってあるルートを使う区間P~Qと、個体によって、あるいはその個体の気分によってあちこちのルートを歩く区間(A~PとQ~B)と、両極端に二つある。二つのタイプの中間もある。また、一度気分で草を食べながら通ってみたが二度と通らないような単なる通り跡もある。


 大雑把にB地点に到来するヒグマの数を調べたい場合などには、当然ながら太い本流のクマ道にトレイルカメラを仕掛けて把握する方向だし、逆に、さらに緻密に1頭1頭のヒグマの性質を調べたい場合などには、ヴァリエーションがあるチャネルの幾つかの道を調査する。もちろん、警戒心の強い個体はヒトの活動を避けるルートを選ぶだろう。じつは、チャネルは単にクマの気分や好みの差ではなく、一種の有利不利が絡んでいる場合があるため、複数のヒグマがA~B間を頻繁に移動している場合、チャネルではどのルートをどのヒグマが常用しているか?あるいはこの区間を移動するヒグマが1頭増えたり減ったりした場合に、他の個体にどういう変化が起きたかによって、この空間のヒグマ間に働く力学・優位劣位などを解析しヒグマの社会学的な視点に結びつけることもでき、ひいてはその力学をも利用して実際の対策に生かすこともできる。





 








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