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since2004― |
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Pet4You.jpのエコ活動
「GIO」と「ECO」のコラボレーション
ベアドッグの育成でお世話になっています
環境との調和をめざすリゾート
オススメ!
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Stage1.ヒグマの調査・把握
【調査方法のタイプと概略】
A.踏査
a.痕跡調査:あるエリアのヒグマの痕跡を歩き回って幅広く探す方法
そのエリアのクマの活動状況.クマ社会が概ねわかる
b.追跡調査:あるヒグマの移動の跡をトレースし、そのクマの痕跡をとっていく方法
そのヒグマの性質・習性や行動パタンが詳細にわかる
※羆塾では2009年以来、踏査には原則的にベアドッグを伴うこととしている。
B.定点調査(トラップ調査):
a.カメラトラップ:自動カメラを仕掛け、その前を通ったクマの姿を時刻とともに記録する
b.ライムトラップ:石灰をまいてヒグマの足跡(おもに前掌幅)を採取する
c.ヘアトラップ:バラ腺を設置しヒグマの毛を採取し、遺伝子検査をおこなえる
d.ICチップトラップ:ヒグマの体内に打ち込んだICチップによって個体識別をおこなえる
e.ネットワークカメラ類:タイムリーにヒグマの出没を知ることができる
C.遠隔調査
a.GPSテレメトリ:発信器付きのGPSカラーを装着することでヒグマの位置情報がわかる
b.ドローン:積雪期や草原などの視界が開けた環境で、上空からヒグマを探査できる
c.サーマルスコープ:夜間であっても500m程度までのヒグマを見ることができる
d.ベアドッグ:1)ヒグマを追ったBDのGPS付き発信器情報から、ヒグマの動向がわかる
2)夜間や藪中のヒグマの存在・タイプ等を、BDの反応から知ることができる |
映像や通信・GPSなどの機器が普及して生きている現在、ヒグマの調査は様々な機器を用いていろんな切り口でおこなえるようになっている。研究論文のために特定のデータを得たい場合もあるだろうが、特に現場のヒグマ対策では、できるだけ多くの調査方法で多面的にヒトとクマの全体像を捉える必要がある。ハイテク機器から得られるデータはもちろん科学的に意味があるが、そこから始まる分析・考察で一歩間違うとまったくちぐはぐな結論や判断が導かれうるため、すべての作業を科学的思考でおこなうことが重要だ。
農業被害防止などの場合、現在ではある程度セオリーができあがっていて、それほど神経質にあれこれ考える必要はないのだが、昨今増えつつある都市部や観光エリアでの人身被害の防止策では、ある特定の個体の気質・習性・行動パタン・クセ・ヒトへの警戒心など、かなり精度の高いプロファイリング(性質分析)が必要なことも多いため、情報収集能力というのがとても重要になる。
そのタイプの対策では、ベアカントリー(ヒグマ生息地)を確かな観察眼で安全かつ自由自在に歩き回れるヒグマの専門家が調査から対応までを担う必要も出てくることがほとんどだろう。恐らくその専門家には現場勘(※1)も必要になる。
ハイテク機器の調査と現場勘を駆使してプロファイリングをおこなうことによって「それぞれのクマのどのような問題性があるか?」あるいは「放置するとどのような問題がその地域で起きうるか?」までを把握・予測できれば、問題が深刻になる前にクマなり環境なりヒト側なりに働きかけをおこなって、事前に悪い予測を回避することもできる。実際その予測は、単純にあるヒグマを追ったり待ち構えたりする数時間レベルの短いものから、10年単位の中期予測まで様々だが、この「予防的な対策」が何より重要と考え、できるだけ必要十分にそれが実現できるよう心がけている。
※1:advance:踏査と現場勘
昨今の映像とGPS機器はお手軽で便利になったが、特に「A.踏査」はどれだけカメラやGPS機器が普及した時代にも最も重要でヒグマ専門家としては必須作業である。
例えば、センサー付きの自動撮影カメラを「トレイルカメラ」というが、トレイルカメラは現在非常に高性能で安価にもなっているため、都会の小学生でも専門家に教えてもらった場所にカメラを仕掛けておけばヒグマの写真や映像を撮ることができる。が、実際に大事なことは写真を撮ることではなくて、その場所にどうしてヒグマが現れるか、それを周囲の地形や植生などから推理によってはじき出せること。じつは、場数を踏んでその推理の正確性とスピードが増していくと、現場に立つことでほとんど直感的に「ここだ」とトレイルカメラを仕掛けるべき場所がわかるようになるし、それで外すことはまずない。
ヒグマ社会にはヒトでいうと「渋谷ハチ公前」のような動線のハブとなっている場所があって、それもまた周囲の地形・植生やヒトの活動などによって自然に定まってくるが、そのエリアに活動する様々なタイプのヒグマの心の動き・流れを読めるようになることで、そのハブポイントも直感的にわかるようになる。
現代にはハイテク信仰のようなものがあるが、生粋の科学者ほど現在の科学の限界を悟っているし、高度なプログラミングをおこなう技術者ほど、そのアルゴリズムの根本的な限界を知っている。ヒトの脳がおこなうこの直感的な作業は、ヒトの五感+αが捉える繊細で膨大な情報を元にヒト独特の飛躍を脳がおこなえることなので、少なくとも今のところ入力データに限りのあるAIをはるかに凌駕する場面は多い。ヒトの持つこの独特の能力を「現場勘」などとも言うが、ヒグマ専門家の現場勘が育つためには現場の踏査が必須なのだ。
調査で得られる情報は大なり小なり断片的なため、通常はそれを論理的かつ有機的に結びつけていく作業が必要だが、現場勘では、いちいち結びつけなくても全体像が若干おぼろげながら瞬時に見えることも多い。ある場所にいたヒグマが、その後どの方面にどのように向かい何をするかのようなことが読める。そんなニュアンスが現場勘には確かにあるが、とにもかくにも、現場勘が鋭く育つためには踏査が必要、そして逆に、優れた現場勘は同じ踏査で得られる情報量を増やしてくれる。現場勘と踏査は切磋琢磨しながら育つ感じの要素で、じつは実践的なヒグマ対策の現場では、現場勘が問題に迅速に対応するためにとても重要な要素になる。
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A.踏査(痕跡調査と追跡調査)
ヒグマが実際に活動している生息地内を歩き回って調査することを「踏査(とうさ)」と呼んでいるが、あるエリアのヒグマの活動を幅広く把握していく痕跡調査と、あるヒグマの行動範囲やパタン・習性などを細かく把握していくための追跡調査に大別できる。
a.痕跡調査
一定範囲の調査エリアの中で季節に応じてヒグマが利用しそうな場所やルートを歩き回り、そこに活動しているヒグマの痕跡データをひとつひとつ幅広く収集していく調査方法を痕跡調査と呼んでいる。人里内であれば単にヒグマが侵入してきているかどうかの確認調査になるし、ヒグマの活動数が多い場所では足跡をはじめ食痕・糞などの特徴から、そのエリアのヒグマの食性傾向に加えおよその活動個体数・年齢層・性比などヒグマ社会の構成についても推測できる。
インテリジェンスフローで述べたように学習によって変化・成長するヒグマの個性のばらつきはヒト以上に大きく、食痕・移動ルート・歩き方・糞のしかたなどが個体識別に結びつくことも多々ある。
痕跡調査では原則的にそのエリア内のヒグマとの近距離遭遇を避けておこなうが、調査中にヒグマと遭遇した場合は一眼レフで個体識別用の写真を何枚か撮り、いろいろなやりとりをおこなってそのヒグマの反応や態度を観察しその個体のベアプロファイリング(=性質分析(後述))に生かす。
人里周りで痕跡調査をおこなうと、「違和感」を感じる個体に出くわすことがある。その多くはヒトへの警戒心が低下しているとか攻撃性が強いなどのヒトとのトラブルにつながる違和感だが、その場合、「マーク個体」として認知し、その違和感の詳細を徹底的に調べる。マーク個体への調査は、クマに対するストーカー行為のような様相になる。
b.追跡調査
ある一頭のヒグマの通ったあとを踏み跡・足跡・食痕・糞などをもとに追いながらいろいろを把握していく方法を追跡調査と呼んでいる。ヒグマ対策に特化して育成されたベアドッグを伴えば、鋭い嗅覚によってかなり正確に特定のクマを追うことができるが、10頭内外のヒグマが狭い空間に毎日歩き回っている場合などは、その作業も非常に困難になることもある。
追跡調査では、その調査中にそのエリアのヒグマと遭遇することがあり、現認したヒグマの観察から意図的な働きかけをおこなってその個体の性質をチェックすることも調査内容に含めるが、追跡調査は多くの場合、警戒心の希薄・攻撃性が高いなど何らかの問題性が疑われる「マーク個体」に対しておこなうので、遭遇し情報収集をおこなった後「追い払い」によって忌避教育に進むことがほとんどである。
狩猟で表現するならば、後述する各種資材を用いた定点調査は「罠猟(trapping)」の要素を持ち、追跡調査は「クマ撃ち(hunting)」の要素を持つが、ヒグマに対するその心理的効果も同じで、定点調査がヒトへの忌避をほとんど植え付けないのに対して、追跡調査はヒグマにヒトへの忌避・警戒心を自ずと植え付けることが可能だ。
※夜間作業・夜間対策
日本では銃器に対する規制が厳しく、そもそも一般的なハンターに依存したクマ対応には限界がある。特に夜間はハンターが銃器を自宅から持ち出すこと自体ができず、現実問題、ヒグマの歩き回る夜の現場を(ましてや銃を持たずに)歩けるハンターもまずいない。つまり、最もヒグマがヒトのエリアに出没しトラブルを起こしはじめる時間帯のヒグマ対策が手薄あるいは皆無になっているのだ。
夜間のヒグマ対応のためにベアドッグは非常に有効だが、それに加え現在はサーマルスコープを導入している。サーマルスコープは熱線センサーを搭載したフィールドスコープのようなものだが、私自身の用いている機種は300m先のシカとクマを楽に見分けることができ、暗闇の森林内で100m先のヒグマに気付かれることなく行動を観察することが可能だ。もちろん、地形や植生を知ったエリア内では、夜間作業の安全確保の道具にもなる。
ベアドッグの導入で昼夜を問わずヒグマの感知能力が跳ね上がり、サーマルスコープの導入で夜間のヒグマを見る機会が格段に増え、ヒグマの感知・把握能力と夜間活動の安全性がこの10年間でかなり向上した。
痕跡調査・追跡調査ともに、ヒグマのあれこれの情報収集としての意味合いはもちろんあるが、上述したあらゆるヒグマ対策をつつがなくおこなうための専門家を育成する訓練になる。正しく勘が働くようになることは、どのようなケースでも重要なことなのだ。実際、ハイテクに依存しただけのトラップ調査・遠隔調査だけでは勘が育たず、むしろ肝心な点を見過ごして錯誤を起こして致命的になることも少なくない。
※ベアドッグを用いた踏査・パトロールなどについては「こちら」を参照。
ちょっと休憩:閉鎖という名の逆効果
ヒグマの生息地に隣接した自然公園などの近くにただ単にヒグマが確認されたり、刹那的に侵入したりした場合、北海道では「立ち入り禁止・閉鎖」の対応をとられることが多い。その方策で事故を防ぐことは一応できるかも知れないが、ただ実際、その方向の対策だけでは、その場所をヒグマに明け渡すことにしかならない。
ヒグマが自然公園等に接近・侵入している場合、その場所を明け渡すか、ヒグマの活動を山側へ押し返すか、さもなくばヒトとクマの共有空間として存在させるか、その三つしかないが、一つめの策は場当たり的で最もセンスの悪い方向だ。二番目の「押し返す」場合の基本路線はその場所のヒトの活動の活性を上げてやる方向なのだが、一般の公園利用者にそれを担わせるのではリスクがあまりに大きい。現実的には、ヒグマを確実に警戒・忌避させられるだけの専門家・専門技術が必要になるだろう。また、「共有空間として認知」の方向であれば、ヒトとヒグマの双方に対してかなり高度な教育を厳格におこなう必要もある。
つまり、上述のような立地条件の自然公園等の運用では、ヒグマに対抗し意識や行動を変えられる専門技術が必須条件で、それを揃えずはじめても、結局「閉鎖と射殺」という安直な流れから脱することがなかなかできない。軽率に接近した若いヒグマを殺してしまっては、せいぜいリセット程度の意味合いにしかならず、仮にそれが成功しても、また同じことの繰り返しになるのがオチだ。
ヒグマと対峙しやり合える専門家が乏しい現在、次善の策として「人材育成」の要素を取り入れる考えがある。例えば、札幌方面の滝野すずらん公園ならば、一般利用者の立ち入り禁止を布いた上で、北大クマ研や酪農大のクマ専門家志望の学生を4人ひと組で数チーム、もちろんベアスプレーを各々持った状態で立ち入り禁止エリアに入れ歩き回らせる、というのも一つの方策だ。その空間へのヒグマの警戒・忌避を引き出す対策でもあり、学生にとっては有益なアルバイトでもあり、なおかつその学生達がヒグマの専門家になっていくための実地訓練にもなる、いわば一石三鳥の策ということにもなるわけだ。
もちろん、その個体のベアプロファイリングは学生の安全確保のために生粋の専門家が事前におこなっておかなければならないだろうし、4人以上で行動するヒトをヒグマが攻撃する事例が極めて乏しい事実はあるにせよ、学生が未成年の場合、ご両親と明確に合意をとっておく必要もあるだろうが。まあ現実的に知床でも大雪でもちょっとした河川の釣りでも、闊歩しようと思えばどのみちヒグマは避けて通れない関門だ。クマ研に限らず山岳部でもワンダーフォーゲルでも釣研でも探検部でも、北海道で自然を相手にする若者なら願ってもないバイトになる。
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B.定点調査(トラップ調査)
いわばヒグマの原点流調査である踏査に加え、定点観測が可能な調査方法を定点調査あるいはトラップ調査と呼んでいるが、現在のところ羆塾ではカメラトラップ・ライムトラップ・ヘアトラップの三つをおこない、踏査の補完データとして採用している。
a.カメラトラップ
センサーつきの自動撮影カメラは狩猟の盛んな北米で普及・進化してきたが、動物のトレイル(通り道)に仕掛けるためトレイルカメラと呼ばれる。現在では安価な機種でも性能アップしていて、日本の場合、ハンターではなく野生動物の調査員・研究者に多用されている。現在では1分程度のFHD動画が撮れる機種もあり、カメラ前に現れたヒグマの映像をそれなりの解像度で撮れるので、個体識別に役立つ場合も多い。
また、トレイルカメラには日時も逐一記録されるため、その個体がそこをいつ通ったかもわかり、数十台・数十ヵ所のカメラトラップ網をつくることで、ある区間のヒグマの移動のルートや平均スピードも算出できる。丸瀬布の観光エリアでは、4haほどの林内とその周辺に40~50台(40~50ヵ所)のトレイルカメラを仕掛け、そこに活動するヒグマの頭数・性別・年齢、移動ルート・移動速度・時刻などから毎年15頭前後のヒグマのヒトへの警戒心・危険度をかなり細かく評価することにまずまず成功していて、また、観光客が周囲に接近した場合のヒグマの行動パタンから、この空間のヒグマが総じてヒトを十分なレベルで忌避し、ヒグマの側で巧妙にヒトとの遭遇を避けていることもわかった。
このトラップは、ただ単純にヒグマが現れているかどうかの確認にも使えるが、あるポイントへの仕掛け方や仕掛ける台数によって、かなりいろいろな切り口の情報を収集できる。私自身は、トレカメの普及状況を見てヒグマの「体高」をヒグマの個体識別表現として用いるよう強く提唱しているが、撮られた映像の画像解析によって、かなり正確に個体識別に結びつけられることもわかってきた。
ただ、例えば2017年、対策エリア内で撮られた短いHD映像は800本を越え、その分析だけでも冬季間の作業では足りないほどになってしまう点は、何らかの改善を要する。このあたりはAIに任せたいところだ。
「トレイルカメラ」については「13trailcamera.html」(←Click!)を参照のこと。
定点カメラ合成法
トレイルカメラの細かな映像分析は原則的にヒグマが冬眠穴入りしたあと冬期間の作業になるが、映像を即座に現場のヒグマ対策に生かしたいケースは多々ある。その場合、現にヒグマが毎日多数到来し歩き回っているためカメラのチェックも三日おき以内とかになるし、夕方回収した映像を翌朝のパトロールに生かすこともたびたびあるため、映像分析に時間をかけている余裕もない。かといって、錯誤も起こしたくない。
迅速に個体識別・頭数把握をおこなう方法を一つ示しておく。
トレイルカメラが定点カメラであることから、あるトレイルカメラは決まった位置から決まった方向に同じ画角で撮影を繰り返す。例えば、夏休みの二日間ちょっとで次の4つの動画が撮れたとしよう。
この4枚を一定レベルで透明化してレイヤーするとつぎの画像になる。幾何学的(視覚的)に捉えるのが目的だ。
この合成画像から大型の個体が2頭、そして小さな個体は似通っていて判別できないが、最低3頭のヒグマが8月26日~27日の夜にこの地点を歩いたことがわかる。小型個体の識別に焦点を合わせて、さらに別のキャプチャー画像で比較すればもう少し情報が正確になる。この4枚ではさほど難しくないため合成法を用いなくても同じ結論になるように思うが、できるだけ錯覚を起こさない工夫として、この方法を思いつき日常的に用いるようになった。
もうお気づきと思うが、写ったクマが歩いた位置がわかるため、そこに定規を持っていって立ててみる。定規の長さは150㎝あればだいたい足りる。当然その動画は同じトレイルカメラに記録されるので、上述の合成法を用いればヒグマの体高が立てた定規上で読み取れる。
また、私の場合はベアドッグの若犬育成の作業があるため、練習台となるクマを選ぶ際、クマのボリューム感を把握するのにこの合成法を用いている(下写真)。この若犬の体高は約75㎝(私の身長は178㎝)なので、合成した画像(下・左写真)のクマはだいたい1m程度の体高のクマだろう。この程度の大きさのヒグマなら、若犬の練習台として好ましく、また、その訓練自体がその若グマに警戒心を与えることにもなる。
一方、右写真などは北大雪で最大級のオスで体高は140㎝程度。訓練途中の若犬は変に絡まないほうがいい。この手の個体に確実に行動改善をおこなわせるには、最低でも主力のベアドッグ2頭を用いる。
(→Link:体高表現について)
b.ライムトラップ
ライムとは石灰のことで、古くからクマを感知する方法としておこなわれている。だが、単にヒグマが通りかかったかどうかだけではなく、通りかかったクマに特にアスファルトなどの平坦な地面の上にまいた石灰を踏ませ、同じく平坦な場所にそのフットプリント(スタンプ)を押させることで、かなり正確にそのヒグマの足跡の前掌幅がわかる。若グマが増えたエリアでは、トレイルカメラの映像からだけでは個体の識別が困難なケースは多々あり、この石灰の前掌幅で識別可能なことも意外と多い。
ベアドッグが写っている写真は石灰をまいて三日経った段階の写真だが、ざっと調べるだけで4種類の前掌幅が確認できる。つまり、最低4頭のヒグマが三日の間にここを歩いたことがわかるが、石灰をまいていなければこの写真はただ犬が二頭アスファルト道路の真ん中に茫然と立っている写真にしかならない。
私の調査エリアで事前の調査で絞り込んだ場所でこのライムトラップをおこなうと、年間に2000~3000個のヒグマの足跡のスタンプがアスファルト上に押されるが、一つの足跡列から左右一組の足跡を抽出し前掌幅を算出する。このデータを解析し、その年にそのエリアに降りていた個体数や親子連れの数に加え年齢構成も傾向として出てくるが、そのエリア全体のヒグマの社会的性質(ヒトへの警戒心低下や人為物への依存度など)や数年レベルの動向予測までおこなえる。
通常ヒグマの足跡を表現するときは一次元の前掌幅(一方向の長さ)を用いるが、実際の足跡は二次元なので、石灰スタンプの分析から前掌幅が同一でも形状の差異から別個体であると判断できる場合も多く、また、毎年このような調査をおこない目が慣れてくると一目で形状の違いを識別できるようにもなる。
採取された前掌幅サンプルをグラフにすると下図のようになり、その空間に到来し活動しているヒグマの数・だいたいの大きさが推定でき、トレイルカメラや踏査(現認)などほかの調査データをつき合わせることによってそのエリアのヒグマの社会構造の推移などまで分析できる。
この例では2010~2012年の3年間の、ある町道の500mの区間の調査結果のグラフを縦に三つ並べてあるが、2012年の総数が仔熊を含めて15~16頭で前年データからの前掌幅成長をみて性別が推定でき、あるいは全体的に低年齢化もしくはメスへの性比偏重が生じていること、さらに前掌幅15㎝以上のオス熊が到来しなくなっている事実などなど、分析によってはかなり多岐に渡る推理を働かせることができる。
c.ヘアトラップ
昔懐かしいバラ線を低めの高さに張り、そこを通りかかるヒグマの毛をむしり取る方法で、多くの場合ヒグマを寄せる誘引物質(魚の切り身・クレオソートなど)が使われる。現在では、木柱にクレオソートを塗り、そこにバラ線をグルグル巻いて、ヒグマが背こすりをする際に体毛を採取する方法も用いられる。
採取した毛は必要な場合に遺伝子検査に回され、やはり個体識別その他に役立たせる。遺伝子による個体識別法も厳密に言えば100%ではないが、利点として、ヒグマの経年変化に左右されず検査をおこなえること、あるいはミトコンドリアDNAのハプロタイプの解析で母系の世代交代がわかり、ひいては若グマの分散行動の推定のほか、踏査と組み合わせて遺伝的な気質の継承について一定の仮説を導くことにも役立たせることができるだろう。そのあたりは研究機関・大学等に任せるとして、対策においても利用範囲は多岐に渡り、今後ますます普及していく調査方法だと思われる。
羆塾では誘因物を利用する体毛サンプリングのほか、人為的な誘因物を一切用いず、踏査において追跡調査でガードレール、立ち樹、風倒木などに付着した毛を採取する方法を訓練課題としてきた。あるヒグマの追跡調査の精度が高く、正確にその個体の移動跡をトレースできていれば、意外と体毛を採取することも可能だ。
学術的な研究等を目的にするなら誘因物を用いた方法が合理的だろうが、現場のヒグマ対策では特定の個体の体毛採取が必要なことが多い。例えば、ヒトを積極的に攻撃した個体や牛舎に侵入して牛を食べた個体などは、その地点から追跡をおこない体毛採取をすることで、もしそれらしき個体が捕獲された場合に個体の同定ができ、無関係な個体を捕獲駆除して一件落着という危ういケースはなくせるわけだ。
C.遠隔調査
a.GPS発信器によるテレメトリ
GPS発信器を装着したクマに関しては、その行動圏や季節ごとの動きが克明にわかるため、そのデータから、場合によってはヒグマの広域管理の必要性が浮上することもあるだろう。GPS機器の進化はめざましく、また回収の際のドロップオフ技術も信頼性を高めたため、以前のラジオテレメトリに比べれば随分楽になった。日本の電波法の縛りがあるため海外の製品を安易に導入できず、またタイムリーな情報収集に難があるが、技術的な点では相当なことができる時代になった。ベアドッグを用いる場合、1~2日の短期的な動物位置感知に関しては技適マークのついた合法的な機器(Furuno)があり、動物愛護の観点からベアドッグのオフリーシュ訓練ではレスキューモードを備えたGPS発信器を原則的に用いている。
また、多頭数のヒグマにGPS発信器をつけることで、その個体に関しては住宅地や小学校に接近した段階で追い払いをかけて早い段階で遠ざけることができるが、このクマ感知システムで注意すべきところは、発信器をつけていない個体が一定レベルで存在することを避けられない点。対策エリアで仮に10頭毎年若グマが親離れしてくるとして、その新・若グマが最もヒトとの間にトラブルを起こしやすいが、その10頭にはGPS発信器がつけられておらず、いわばステルスグマになってしまうため、対策に用いる場合、これに頼りすぎるとむしろ危険かも知れない。
b.ネットワークカメラ
ネットワークカメラは24時間態勢であるポイントを撮影し、センサーで動物の往来を携帯電話に知らせてくれる。と同時に、基地局でカメラの映像をタイムリーに確認できるため、10台内外のネットワークカメラでヒグマ感知網をつくることができる。要するに企業のビルなどのセキュリティーシステムの屋外バージョンだ。
上述でGPS発信器をヒグマ対策に使う弱点に触れたが、このネットワークカメラシステムであればGPS発信器を装着していないクマが侵入してきても引っかかるため、そのタイミングでベアドッグを出動させることができる。すなわち、羆塾にとってはネットワークカメラ網はベアドッグをピンポイントで無駄なく合理的に使うためのシステムということになる。「タイムリーに」という即時性がネットワークカメラの利点なので、ヒグマを感知したと同時に対策を繰り出せる技術と態勢を持っていなければほとんど意味がない。
c.ドローン
ドローンは近年日本でも非常に普及したツールだが、ヒグマ問題でただ飛ばして上空からの撮影を行うだけなら、じつはデントコーン農地の被害状況を視覚的に確認するくらいしか使い道がない。上空からの写真で被害面積を算出し「28%やられていますよ。電気柵を試してみませんか?」と農家を視覚的・定量的に説得する材料にするのは効果的だ。
ドローンを飛ばす許可を与えてくれる農家なら、農地内部の踏査も許可してくれる。その場合、被害期間中のデントコーン農地内の調査も森林・山塊の調査同様ベアドッグと共に細かくやるので、ヒグマのそこへの出没数や侵入経路など得られる情報はこちらのほうがはるかに多い。ドローンによる上空からの概要観察は、あくまでその調査の確認や補完的意味合いになる。
「調査・把握」から逸脱するが、羆塾では、すべての調査技術を「追い払い」等の対策に生かす努力をしている。2017年からは、デントコーンに存在するヒグマをドローンによって外部に追い出し、そこからベアドッグにバトンタッチして追い払いをおこなう模索を開始した。この用途では、ドローンは空飛ぶ追い払いロボットだが、ヒグマを追って縦横無尽に追うベアドッグほど器用に木々をかわして飛ばすことはできないので、あくまで開けた特定の場所でのアシストロボットだろう。農地内へベアドッグを入れヒグマとやり合わせると、その行為自体で農地の作物を過剰に荒らす可能性があるからだが、このアシストロボットの方法は、例えばアカシアの小径木が密生する河川敷や犬に不利な密生したササ薮など、ベアドッグが十分ヒグマを追えない場所や怪我を追う可能性が高いケースで使うことができる。
また、ワンポイントの使い方として現実的なのは、潜んだヒグマの位置や状態をドローンによって確認する目的だ。丸瀬布では軽率にヒグマに発砲する傾向が強く手負いグマがときどき発生しているが、はじめの銃弾でヒグマを死亡させられなかった場合、彼らの得意な「ヤブに隠れる」という方法でハンターから身を隠すことも多い。ところが、撃ったハンター本人もそのヒグマが藪中で息絶えているのか、ただ潜んでいるだけなのかがわからないケースが意外と多い。ベアドッグあるいはクマ犬(クマ猟用の犬)がいれば、もちろんそれをかければ生きたヒグマなら必ず反応する。が、ベアドッグ不在の場合、ドローンによる確認は比較的安全な方法だ。ドローンを一台つぶすつもりがあるのなら、横たわったヒグマに不時着させる寸前まで低空に降ろしチェックをできる。
ちょっと休憩:科学と対策
科学というのは物事のありようを知りたいという素朴な好奇心によって成立するが、アインシュタインの理論や仮説がソーラーパネルや原子力エネルギーを人類にもたらしたように、科学と人間社会は切っても切れない関係にある。現代、もちろん純粋な自然科学としてヒグマを研究する専門家もいるが、多くは人間社会に現に起きている問題を解決していくための事実の証明と提示が急務と考え、そこを意識し、ときに優先して自らの研究課題を選んでくれているように思う。
また、現場でヒグマ対策をおこなう優れた専門家は、ヒグマの研究者と同等の科学的思考で実際の対策をおこなっている。私の知る限り、科学と対策は連携しているし、肩書きや立場はそれぞれにあるにせよ、じつはヒグマの科学者と対策専門家の区別はほとんどつかず、また区別する意味も乏しい。
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Stage2.分析・判断―――ベアプロファイリング
「ベアプロファイリング(bear profiling)」というのは私の造語でしかないが、個々のヒグマの年齢・性別・大きさほか、気質・習性・クセ・行動パタン、あるいはヒトに対する警戒度や攻撃性、餌付け度合いなどを行動科学的な分析によって把握し、その個体の行動予測をおこない問題を必要なレベルで回避する目的でおこなうヒグマのプロフィール作りのことと定義した。
ベアプロファイリングは状況証拠の累積で推理を伴うため、調査・対策をおこないながら修正を加えていく種類のものである。基本的な調査と観察から分析・把握をしたら働きかけをおこない、その反応からまた推理して把握・理解をする。その連続的な作業を注意深くおこなうことで、徐々に理解がその個体の実像に近づいていくというあらましだ。ヒグマ相手の作業では、断定的に決めつけることは特に避けなければならないが、理解を実像に近づける努力を怠って実際の教育などの作業に入ると、効果が思ったように得られないばかりか、危険な目にも遇う。
原則的に、ある場所で次々に複数のヒグマが問題を起こす場合というのは、その場所に問題性がある場合が多い。逆に、ある個体が、次々にいろんな場所で問題を起こす場合は、その個体に何らかの問題性がある。例えば通常のデントコーン被害というのは前者で、ある特殊なヒグマが問題をそこで起こしているわけではなく、クマ用電気柵を適切に張りメンテをおこなうことで問題は解決に向かう。そのようなセオリーがヒグマの専門家の間ではできあがっているため、「デントコーン被害の防止」という作業はさほど難しいことを考えずとも十分効果を出せる。
問題は、ある特定のヒグマがあちこちで問題を起こしている場合だ。これに関しては、単なる環境整備では問題解消が望めず、その個体に働きかけて意識改善・行動改善を促す作業が必要になることが多い。そこで必須となるのがベアプロファイリングだ。その個体の何がどのようにどの程度特殊なのか、そこを見定める。
丸瀬布の対策エリアにおいては、概ねすべてのヒグマに対してベアプロファイリングをおこなって来たが、その結果、放置できない個体としては三種類ある。ひとつは、昨今道内各地で増えつつある無警戒型のヒグマ。二つめは、人為物を食べ慣れた個体。三つめは、気質的なことが疑われるが特別攻撃性の強いヒグマである。どれも見落としたり放置しておくと、人身被害の危険性が高い個体のため、何らかの方法で改善を要する。
じつはベアプロファイリングはヒトで同様のことをやるより容易な点もある。母グマによる教育環境やそれぞれの経験で個性のばらつきが発生しているため、画一的な教育制度や文化で育つヒトよりも性癖なども意外と出やすいのだが、上述「無警戒・餌付け・攻撃性」に関しては、できる限り緻密にプロファイリングを進め、場合によっては断固とした態度で対することにもなる。
例えば、ヒグマが林道上を歩くときわだちを歩くことが多いのだが、特定の個体だけがある林道の右側のわだちばかりを歩いたとすると、これにもちゃんと理由がそのヒグマの意識の中に隠されている。もちろん、ほかのヒグマがどうして左のわだちを歩くかにも、彼らの意識なりに理由がある。比較的些細なことでも違和感を感じること。これは例の現場勘の成せる業だが、まずその違和感を感じ、その点に着目してそのヒグマの意識を冷然と解剖していけるような専門家でなければ、残念ながら十分なベアプロファイリングはおこなえない。
ホトトギスに関して戦国の3人の武将の有名な句がある。家康のように待っている暇は現代のヒグマ問題にはないが、はたして「鳴かぬなら殺してしまえ」の宣長流で良いのか悪いのか。もし秀吉流で「鳴かしてみしょう」といくならば、ベアプロファイリングは必須かつ重要なファクターだ。
ベアプロファイリングを要した事例についてはこちら(11i3.html)も参照にして欲しい。私自身がどういう視点・意識で一頭一頭のヒグマを見、どう教育をおこなおうとしているかが少し現れていると思う。
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12+240+(18+780+18)+12=1080 780=28+724+28
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