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MSBDの育成

 FCI第5グループ(原始的なイヌ)以上に強いオオカミ特性を持たせたMSBDの育成を考える場合には、ラジコン的な動かし方をまず排し、信頼できる相棒犬として捉え扱うこと。知能や身体能力の様々なアドバンテージを最大限に生かす方向を堅持すること。そして、最後に述べた独特の危険性を何段構えにも防ぐ方策をとること。その三つを基本に躾や訓練の課題を明確にし、それぞれ地道におこなうことになる。

 MSBDの育成における大局的な課題は、次の三つになる。
1.ヒトへの親和性・柔和性・非攻撃性を獲得する
    原則的にヒトに対してはニュートラルな状態が良い
2.ハンドラーとの関係性と服従訓練
    制御を確実におこなえるようにすること。
    MSBDの場合は「信頼と尊敬」を元にした関係が必要

3.対ヒグマ作業の精度・安定性を確保する
   「ヒグマに対して圧倒的に優位に立ち、ヒトやヒトの活動から遠ざけるのが仕事」と理解させる
    ヒグマのコントロールを安全・確実におこなえるようにすること


1.ヒトへの親和性・柔和性・非攻撃性を獲得する
 一般の家庭犬・コンパニオンドッグと使役犬では、育成のスタンスで共通点も多いが、部分的に少し異なところもある。そのひとつに、「ヒトに対して総じて温厚でニュートラルな状態であること」というのがあって、例えば盲導犬や警察犬でも、道行く人々にいちいち心が動き、本来の作業が注意散漫になるのはいいことではない。ニュートラルというのは、もちろん神経質で攻撃的ではないということもあるし、逆に、過剰になついて遊びたがらないということもある。
 通常、狼犬の家庭犬飼育では「オオカミ特性」が一定レベルでは認知されているため、その特性が出ないように封印する方向の育成がおこなわれる。知能と身体能力の両面で本来持つ能力を殺す方向とも言えるが、その方法でいろいろを通常犬に近い状態に持っていくことができる部分・場合もある。
 MSBDの場合、オオカミ特性を生かす目的で作出がおこなわれたため、それとはむしろ正反対の育成になり、野生のオオカミに匹敵する身体能力を持たせ、狩りをおこなうときの連携力・統率でヒグマに対抗することになるため、上述した「危険」に対して念入りに育成をおこない、なおかつ危険防止の対策を何段構えにも施す必要がある。

 その第一が、幼少の頃よりおこなう「ヒトへの馴化教育」だ。要するに、ヒトと接する機会を多くとり親和性・柔和性を獲得させる教育のこと。それをさらに細分化すると三つある。

a)人への安心
 一つめは、ヒトに対して警戒心や恐怖心を無闇に持たず、安心して人の近くに居られるよう育てること。特に仔犬の時は、「ヒトは遊び相手」「優しい存在」と仔犬に意識させる工夫をする。簡単に言えば、できるだけ多くの人に接触し、遊んでもらったり撫でてもらったり話しかけてもらったりすることだ。
 オオカミとイヌの違いで真っ先に現れるのは、仔犬・仔オオカミの目が開いたときだ。通常、仔犬は初めて人を見るとヒトのほうへ寄ってくるが、オオカミの子は逆にヒトを避けて遠ざかる。これを野生動物の逃走行動と言うが、狼犬・MSBDには大なり小なりこの逃走行動が見て取れることが多い。この警戒心の強さは自然界で生き延びるための生存戦略として備わっていることはわかるが、個体によっては、私が出産の手伝いをし、産まれた仔犬に話しかけながらタオルで身体を拭いてやったりしたにもかかわらず、目が開くと遠くに逃げてこちらをじっと観察し続けたりするほどだ。
 イヌやオオカミには社会化適期というのがあり、原則的にその時期に他者との関係をつくり社会化をおこなう必要があるが、イヌの社会化適期が生後二ヶ月程度までとされるのに対して、オオカミの社会化適期はその半分ほどの期間で終了してしまう。狼犬の場合、同胎でもイヌ寄りの個体とオオカミ寄りの個体が生ずるため一概には言えないが、概して社会化適期がイヌよりも短い。
 先天的に持つ逃走行動を伴った強い警戒心と、短い社会化適期のため、狼犬・MSBDの生後1~2カ月はとても繊細に様々を観察しながら集中して関わっていく必要があるが、その時期にいったんすり込まれた印象・感覚は、その子犬が成長し命が失われるまで頑固に存続する傾向も強い。

b)人への作法
 二つめは、ヒトに対する作法を覚えさせること。意識として不特定多数の人に友好的な犬に育ったとしても、ヒトに対する接し方を間違えると服が破れたりが汚れたりするし、ひ弱なヒトは意外とすぐ怪我もする。大型犬の場合は特に「飛びつき・じゃれつき」「手を人につく・踏む」「甘噛み」「ぶつかる」「袖や裾を咥えて引っ張る」などは、確かに親愛の情の現れなのだが、原則的におこなわせないようにする。
「原則的に」というのは、人によって私の犬と思いっきり遊びたいケースで、服装も汚れていいような場合に、一種の無礼講として許可を出して犬にそうさせる場合があるからだ。相手によって、あるいは許可のあるなしをきっちりわきまえられるという条件で、そのようなTPOも可能ではある。

 TPOに関しては、MSBDは特にわきまえなければならないし、可能でもある。日々のルーティンワークとして、見つけたヒグマをチェイスし冷然とケツに牙当てをするし、パック内での遊びも通常犬に比べればかなり荒っぽく、目下の個体を叱るときの行動も、また同様。それらは彼らの巧妙かつ繊細に常用している日常のランゲージでしかないが、そういうレベルの荒っぽさを一瞬でもこちらに向けられたら、ヒトはたまったものではない。初対面の人ならなおさらだろう。

 遊んだり会話したりする相手が、仔犬なのかパック外の犬なのか、はたまたイヌなのかクマなのかヒトなのか。そういうことをきっちり認識して、それぞれの相手にランゲージを使い分けるバイリンガル犬をめざさなくてはならないわけだ。


(写真)
頭をバコンと叩く。
首を咥えて組み伏せる。
両腕で持ち上げて投げ飛ばす。
これらの行為は、うちのパック内では遊ぶランゲージとして微笑ましく見ていられるが、もちろん、ほかの犬やヒトに対してはやってはならない行動パタンだ。








c)「人を試す」という行動について
 オオカミ特性のうち知能の高さや自立心の強さあたりが起因していると思われるが、MSBDや狼犬の一部は、初対面の人の度量を量るために、何らかの威嚇や突進でその人物のことをテスト・試そうとすることがよくある。例えば「自分は大型犬に慣れている」と自信を持つ人があえて横柄な態度で狼犬に接しようとすると、それを見透かした狼犬の側でそのテストになる場合が多い。そこで、もしその人が咄嗟に怯えて身体のどこかを萎縮させると、狼犬はその瞬間を決して見逃さない。「こいつは虚勢を張った見かけ倒しのヤツだ」「自分より格下だ」と受け取り、その認識はよほど何かなければ延々続き、敬意のある態度でその人物に接することがなくなる。その人物が1年後に再び来ても、悪い言い方だが「手頃なオモチャが遊びに来たぞ」程度にしか認識しなくなるわけだ。
 それが来訪者ならまだしも、飼い主がそうなった場合は悲惨だ。「通常、犬を飼い主が選ぶが、狼犬の場合、犬が飼い主を選ぶ」のように言われることがあるが、うまくいっていない狼犬と飼い主を見ると、つい、なるほどなと思ってしまう。
 逆に、初対面からほんの10秒で関係がいいほうに決まることもある。この狼犬ならではやり方でテストされた人が怪我をすることはまずないが、初対面の人をMSBDに会わすときにいつもヒヤヒヤするところではある。

 この狼犬・MSBDの「人を試す」という行動パタンは、攻撃でも怯えでもなくある意味ニュートラルに人に興味を持って構えている証拠なので、神経質に吠えついたり遠ざかったりする行動に比べれば、ヒトへの心理状態としては決して悪くない。ただ通常は、「犬が人間様を試す」というふうに誰も思わないため、だいたいは悪い方向への誤解のタネになるケースが多い。人は狼犬を誤解し、狼犬はその人を馬鹿にするのだから、平行線どころかギャップは広あるばかり。困ったことだ。

 オオカミの社会性が強くパックで連携して暮らすように何から何までできているため、狼犬やMSBD使える言語数も通常犬に比べてはるかに多いが、微妙なボディーランゲージから相手の心理を察する能力に長けている。もし仮に、人が虚勢を張って強がってみても、それを見透かしてくる。
 それに加え、ヒグマとの近距離遭遇と同じ道理が介在していて、通常犬よりはるかに鋭敏な狼犬の嗅覚が相手の心理を測るセンサーとして働いてしまう。嗅覚が極めて鋭敏なヒグマや狼犬は、相手が吐く息によって例えばアドレナリンの血中濃度まで量ることができるだろう。もちろん、汗腺から分泌される物質にも彼らの言語として心理状態を示す何かがあるだろうし、いくらヒトが意図的にフリをしてみても、不随意の分泌液は正直に恐怖や緊張の心理状態を相手に如実に伝えてしまう。つまりフリが利かないのだ。それらの分泌液やどこかに現れるネガティブなボディーランゲージを消そうと思えば、やはり正真正銘「腹を括る」とか「委ねる」という、かなり高度な精神的技術を要するかも知れない。

LINK:行動学的なオオカミとイヌの差:https://karapaia.com/archives/52142947.html


 ちょっと休憩:技術以前の問題?技術を越えた技術?
  ヒグマの専門家も含め私の友人・知人には、私が平然と生存し続けていることを訝しく思う人がいる。きっと「岩井がとうとうヒグマにはたかれ重傷」とかいうニュースをどこかで期待もしているのかも知れないが、私の生存には特段技術があるわけではない。確かに、ヒグマの専門家になる前、カナダやアラスカの川を釣り歩いていた頃には、ブラックベアとブラウンベアに一度ずつコンタクトまで到るトラブルを経験しているが、それは相手が若グマだったことに加え、いきなり突進されてbluff chargeの成り行きでちょっとかすった程度のトラブルで、real attack(本攻撃)を受けたわけではない。やりとりの猶予があれば、回避できたことと考えている。

 ベアドッグを揃える前、単独でベアスプレーなどで若グマの忌避教育をしていた時期があるが、その頃、母グマと子グマの間に割り込んでしまうことが、年間に1~2例起きた。キョロキョロしながら一目散に逃げない小型のヒグマに出合うと、つい「無警戒型の若グマか。舐めやがって」と、にじり寄ってスプレーの射程に入れる感じで動いたりしていたが、その一部はそのての若グマではなく、逃げ遅れた仔熊を気遣い焦燥に直面した母グマだったわけだ。

 そのケースでは、正面の母グマの視線を注意深く見ていると仔熊の在処がわかるが、だいたいにおいて、私の接近を感知したとたんに仔熊が木に高く登ってしまい、私が見落とす結果になっていた。

 焦燥するのは今度はこちらのはずだが、「あちゃー」とは思うが私の場合はそれほどそうならない。そういう場合に相手のヒグマをなだめる一定の技術は心得てもいるが、何よりも「ゴメン!今のはオレのミスだ。悪気はない」と気持ちが動く。その場の雰囲気で、実際に声に出してそんなことを話しかけているときもあるだろう。
 この場合には、マニュアル通りに後ずさりしたって仔熊に接近することになるので、当然、仔熊と母グマのラインから外れるように脇にどく形になるし、なだめる技術のようにゆっくり刺激せずというふうな動きに自然になる。計測したことはないけれど、恐らく、緊張や興奮を示す分泌液もほとんど出ていないだろう。私の吐く息を嗅ぎ取った母グマは、私の心理を最も正確に認知できるかも知れない。

 そういうヒグマに対しての随意・不随意のランゲージのトータルとして、結局母グマも切迫することなく、こちらの動きを静観していてくれるのだと思う。
 ヒグマやオオカミ・MSBDは常にこういうランゲージのやりとりをしているし、残念ながら現代のヒトやイヌにはその能力がとても乏しく、そのことが野生動物問題の根底にあり、また、過剰にこじらせているているように思われる。





ヒトへの馴化教育

 ヒトへの親和性・柔和性を獲得するための馴化教育に関しては、先述の社会化適期以降も生涯続けることになるが、道理を文章で説明するより、実際の現場の写真を用い「だいたいこんな感じ」と感覚的にニュアンスを理解してもらうのがいいと思う。

A.友人・知人らの協力(自宅・運動場・庭) 0歳~ずっと
 基本的に、ヒトを怖がったり警戒したりせず、どこをどう触られても怒ったりしないよう育てる。仔犬の場合は、生後二ヶ月まで自宅の部屋やクルマの中で友人らに接する時間を持ち、その後、フェンスで囲われた運動場やサブスペース、さらに庭に出してと段階を踏む。ヒトへの馴化訓練・教育とはいうが、仔犬・若犬のために来てくれた友人・知人となごやかに楽しく触れ合ってもらう時間のことで、教育と言えば確かに重要な教育なのだが、親睦会・遊びの時間に近い。






B.外出・遠征 ※ワクチンの関係上、原則的には生後4~5ヶ月あたりからになる。
 パピーワクチンのあとブースター1~2度摂取したあとは、外に出て接するヒトの範囲を徐々に広げるようにする。

 人の活動域および周辺で働くベアドッグにとってTPOが重要だ。ヒグマに対してだけ目の色・顔つきが変わって毅然と威嚇・威圧を駆使できるようにしなければならない。逆に言うと、人に対してはヘラヘラ・ニコニコしている犬が自分の理想だ。電気柵設置の事前調査にMSBDをフリーで同伴させたり、どうしてもジョギングがしたいという友人に、MSBDの訓練をし過ぎてベアフリー空間になってしまった場所を伝授し、ぞろぞろ付いて走らせることも。とにかくいろいろなシチュエーションでいろいろなタイプの人に出合い、接し、とにもかくにも「普通にヘラヘラ・ニコニコしている」という状態をつくる工夫をする。

 上写真の最後が何の馴化かよくわからないと思うが、当時、地域の人にニワトリを飼っている人があったため、自宅で烏骨鶏を飼いその鶏に対しても馴化の教育を施した(左写真)。また、爆発音に対しての馴化は普段ロケット花火などを使っているが、花火大会があるとできるだけ打ち上げ地点近くに寄って、窓を開けて見学した。ヒグマの捕獲でハンターとの共同作業があり得るからだ(右写真)。こういうことは「やり過ぎ」ということはないので、必要ないと思ってもできる限りの努力をするのがいい。


 特に若犬期までには可能な範囲でドッグラン、犬の訓練所、訓練競技会、動物病院、さらに幼少時はホームセンターの犬用カートなども利用して「ヒトへの馴化」は進めることもある。「他犬への馴化」も進めなくてはならないため、このような場所の選定にもなる。
 ただ、ドッグランの利用では、喧嘩好きの犬がいないこと、そこに訪れる犬が既に社会化ができていて確実に制御されているなど、逆効果にならないための幾つかの条件がある。その点で旭川・北見周辺には仔犬教育のための適切なドッグランがなく札幌遠征になるが、近年、私の管理する犬の頭数が増えたため、なかなか札幌のドッグラン通いはできず代替的な方法で補完している。
 ドッグランでは、大小様々な犬がいることを学ばせ、動物病院では、「騒がず静かにしている」というTPOも教える。



C.成犬・ベアドッグになってから
 ヒトへの馴化(親和性・柔和性・正しい作法)は、出来過ぎということはないので、あまり無理をさせないように配慮はしながら、成犬・使役犬となってからも励行するようにしている。例えばフォーラムや講演、ヒグマ対策活動などで遠征した場合、当地の人の要望・合意があれば、いろいろな形で関わってもらうようにしている。また、既に旭川・鷹栖・砂川など北海道各地においてヒグマ対策活動で働いている個体に関しては、実際の現場でご当地の行政担当者・専門家・ハンター等とともに作業をおこなう経験が馴化に対してもプラスに働いていると思われる。

 ただ、老齢期には、病気や身体の不自由・痛みで気むずかしくなる犬のケースもあるため、その場合は無理に人と接するようにはせず、自宅敷地内(自宅や運動場)でできるだけ穏やかに暮らさせるようにしている。



(↑)デントコーン畑周辺など危険な空間でのヒグマ対策研修や調査では、ガードドッグとして同伴。フォーラム等の親睦会と異なり、じゃれたり騒いだりすることなく、TPOをわきまえ、あくまでニュートラルな状態で居ることが要求される。ヒグマが近隣に居なければニコニコヘラヘラしているのは、むしろベアドッグの表情でヒグマの存在のあるなしがわかりやすいので、積極的に容認。(写真は飛龍・3歳)


D.対ヒグマ作業の訓練中
対策エリア内・訓練中
(昆虫採集の人)
マゴロ-・愛・カーキ。











対策エリア外・訓練中
(写真家のグループ)
飛龍。












 現代的には、MSBDはとても大きく見かけが厳つい犬のため、会った人を緊張させたり驚かせるのはある程度仕方ないが、最終的に「周りの人を笑顔にする犬」というのが自分の理想的なベアドッグ像だ。その理想は堅持していきたい。
 ヒグマ相手の対策活動を日常的におこなうようになれば、ベアドッグは自動的に真顔をつくり神経を集中して作業をおこなうようになるので、まずはとにかく「ヘラヘラ・ニコニコ」犬をつくることが先決と考えている。










(↑)左右がβ(サブリーダー)の孫狼とα(リーダー)の飛龍。中央はΩ(一番下につくタイプ)の峻。

仔犬近況報告などはFacebook:https://www.facebook.com/beardoghandler/ にて随時公開。




MSBDは何頭で動かすのがいいか?

 広い山林でMSBDはは同時に何頭まで扱えるか。これに関しては、ハンドラーそれぞれの熟練度・技量、あるいはベアドッグの訓練段階によって左右するが、私の場合は、いろいろな実証テストからだいたい7頭あたりまでという認識に落ち着いている。かといって、7頭で作業をおこなうのがすべてのケースでベストということでもない。

 何頭を動かしているかにかかわらず、原則的に一頭一頭のMSBDが「どこでどんな状況にあり、どんな気持ちで何を考えどうしようとしているか」を、それぞれのMSBDに装着したGPS発信器のデータから把握し、そのままやらせるか、行動の方向を修正するかをハンドラーが逐一判断する。GPS発信器からのデータは犬の位置情報で2.5秒間隔で送られてくるが、それは端末の地図上に逐一表示されるので、その動きからそれぞれのMSBDの進む方向やスピードがわかる。その動きから、犬が置かれている状況や心理状態を推察しいろいろな作業を進めていく。したがって、頭数が増えればこちらの神経の使いどころも増え、難易度は上がる。

 ただ、MSBDの場合、パックで一つの目標を持って動くのが原則のため、用いているパック(群れ・チーム)のリーダー格の犬に集中していれば、ほかの犬は確認程度の把握で問題が生じることはほとんどない。ただ、例えば同胎2頭のヒグマが別々に逃げ、それをパックが二手に分かれて追うことや、仔犬・若犬がパックから離れ興味本位で何かを追い続けてしまうこともあり、注意は必要だ。

 3頭で確実に対策作業をおこないたければ、5頭を楽に扱えるように訓練しておく。5頭を楽に扱えるためには、7頭で訓練を。というように、自分に必要とされていることの、常に難易度が高い訓練をおこなうというオレ流のようなものがあって、実際に7頭での訓練を一週間おこなって、数を6頭に減らすだけでもその神経の疲労感の差ははっきりわかる。そして、3頭で四苦八苦していた状況が、何の苦もなくクリアできるようになる。

 この観点からすると、1頭のMSBD単独で作業にあたらせるのがベストということになりそうだが、確かに形的にはその通りだが、実際には、1頭では対応できないケースというのが多々起きてくる。例えば、同胎や親子連れなど複数のヒグマを相手にしなければならないケース。あるいは、観光客など一般人がいる環境で、ヒグマ対応と人のガードを同時に必要とするケース。交尾期のオス成獣やシカについたヒグマなどは、1頭では心許ない場合もある。

 では、ハンドラー3名にそれぞれ1頭のMSBDでは?とのアイディアもあるだろうが、それだと、ハンドラーからの指揮系統が三つあって、認識も把握も判断も三つあることになるので、もともと連携しパックで動く特性を持つMSBDの長所を失わせてしまうことになり、悪くはないが、理想的な使い方ではない。ハンドラーがMSBDのパックを統率しておこなう、というのがMSBDの基本にある。3頭を使うのであれば、ハンドラー1人が3頭をきっちり扱えるよう訓練しなくてはいけない。ただし、MSBDのような連携能力が乏しい一般犬に関しては、この限りではない。

 これら諸々の事情から、ヒグマ対策の現場では「2~4頭」のMSBDを用いるのが最適という結論を私自身は得ている。1頭を伴う場合は、その犬に関して何か特別な訓練課題・目的があり、また、5~7頭を伴う場合も、やはり何らかの訓練目的が介在してそのような形になっている。
 ただ実際、現在用いている主力車両がJB23(ジムニー)でMSBDを4頭も乗せると窮屈極まりないので、現実的には2頭を中心に±1頭の範囲で現場に連れ出すことが多い。



じいさんでもできるベアドッグ?

 自分がヒグマ対策に本気で取り組みだしたのは42歳になってからで、はじめて犬を飼うようになったのはそれからさらに4年後のことだった。そのような事情も関係しているのかも知れないが、ベアドッグを考えるとき、息の長い取り組みということを意識した。ある人がベアドッグハンドラーの技術をマスターしたならば、その技術をできるだけ長く生かせる方法。体力の衰えとともにできなくなってしまう方法ではなく。歳をとっても若い時分と遜色なくおこなえるヒグマ対策の方法がいいと思った。

 オンリーシュでベアドッグを扱うだけでは、急峻な山の斜面を、運動能力が極めて高い犬の足を引っ張りながら、体力の限界状態で走り回らねばならないようなことが起きる。ベアドッグの足かせになるだけで、いいことはほとんどなかった。そしてヒグマの「追い払い」においても、オンリーシュのままではヒグマのスピードに到底ついていけず、逃げ去るヒグマに十分なストレスをかけることさえできなかった。特殊で高性能な犬を使うのは、単に嗅覚が優れているからではない。持ち味は、その機動力にもあるわけだ。

 そんな葛藤から、最終的にたどり着いたのは「じいさんでもできるベアドッグ」というコンセプトで、経験値がそれなりに蓄積されていて、観察・分析・判断さえしっかりできていれば可能な方法をめざした。山の急斜を200m駆け上る体力や筋肉・心肺能力に比べたら、犬を訓練する技術・状況の判断をしたり犬の心理を読み解く技術は年齢による能力低下が小さいどころか、能力は多少歳をとっても延々上げられる。それを、ただ体力が衰えたという一つの理由で放棄するのは、あまりにもったいなく不合理に思えたからだ。

 それを実現する必要条件は「オフリーシュを確実に使いこなす」ということだが、ベアドッグの取り組みを開始して3年後の2012年あたりからは、特に「動力を用いたオフリーシュメソッド」の構築と洗練に力を注いだ。動力とは、通常、車両を指すがオフロードバイクやATVも含まれ、冬季にはスノーモービル、スノーバイクが動力の主役となる。その動力の力を借りて、MSBDの動きに遅れることなくついていき、的確に判断して指示を出す。そういうスタイルになったわけだ。

 ついこの前まで学生だったと思うが、年月の流れるのは速いもので、あれこれ没頭していたらいつの間にか私もじいさんになっていた。あちこちの古傷に加え肺の病気なども患い運動能力的には正真正銘じいさんになったが、だからといってヒグマ対策の切れが甘くなったかというと、否。むしろ最小限の労力で、最大の結果を出せるようになったと思う。
 プロ野球選手だと活躍できるのは20年ほどか。監督に就任したり解説者になったりはするが。ベアドッグハンドラーは、このコンセプトを用いることで三倍の60年ほどヒグマ対策の最前線で現役として働き続けることができる。ヒグマの専門家が潤沢ではない以上、これはもの凄いアドバンテージだ。


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